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吉例顔見世大歌舞伎『マハーバーラタ戦記』

新作歌舞伎『マハーバーラタ戦記』は尾上菊之助が手掛けた他の新作歌舞伎より少し完成度が高いものでした。何が違うのか比較してみます。

 インドの神話『マハーバーラタ』を原作とした新作歌舞伎。映画『バーフバリ』(2015/前編・2017/後編)のヒットの追い風を受けて実現した2017年の初演に続く二回目。今回もインド映画『RRR』の大ヒットを受けての再演と思われます。RRRは2022年10月に国内公開となり、2023年11月末現在もまだいくつかの劇場でロングラン中。興収だけで23億円超。宝塚でも『RRR × TAKA"R"AZUKA ~√Bheem~(アールアールアール バイ タカラヅカ ~ルートビーム~)』として2024年1月に舞台化されました。
 
 その勢いに乗っての再演とはいえ、登場人物が多く神話で話も複雑なので始まる前はちゃんと理解できるか少し不安でした。ところが凄く分かりやすかった。説明台詞が大半なのが理由ですが、世界観そのものが物珍しいので説明自体が興味深くてむしろ親切。更に<世界から争いをなくすのは慈愛なのか全てを圧倒する武力なのか>というテーマを据えて、その対立を追っていくとキャラクター相互の関係が理解しやすくなっていました。ナウシカとファイナルファンタジーX(以下FFX)のときは原作のストーリーを歌舞伎の舞台で語りきることで称賛されましたが、こちらは脚色がまず洗練されています。

 主人公迦楼奈(カルナ) *()内は原典キャラクター名の片仮名表記  は尾上菊之助。菊之助は2017年にマハーバーラタを歌舞伎にして、その後ナウシカ、FFXの新作をやってマハーバーラタ再演という順番ですが、こうしてみると菊之助の新作歌舞伎はどれも世界を救うためにヒーローが犠牲になる話ですね。古典歌舞伎では、忠義のための自己犠牲(という理不尽)をじっくり描いて理不尽さの部分に観客は感動する。一方これらの新作歌舞伎は、人類を救うとかの大義のためなので理不尽さはありません。とはいえ自己犠牲に至る過程をじっくり描くのは歌舞伎の得意技なので、歌舞伎として充分面白いものになるということなのでしょう。

 準主役というか一番印象に残る鶴妖朶王女/づるようだおうじょ(ドゥルヨーダナ)は中村芝のぶ。王位継承者だったにもかかわらず盲目だったせいで理不尽に王になれなかった父の子として王位奪還に挑む鶴妖朶王女。このキャラを観客は勝手に芝のぶに重ね合わせてしまいます。国立劇場研修所出身なので古典歌舞伎では大きな役が付きにくいですが、歌舞伎ファンならだれもが芝のぶの早期幹部昇進を期待している人気・実力のある俳優。ナウシカの庭の主やFFXのユウナレスカなど新作では重要な脇役を担当してきました。ただ、色々な巡りあわせもあり幹部昇進の機会がなく、名題の立場で頑張っている芝のぶが圧倒的な存在感で演じました。マハーバーラタ歌舞伎のテーマ自体からは理不尽はなくなっており、このキャラクターに至っては我が身の理不尽に立ち向かい、戦う役。芝のぶ本人の姿とも重なり、このキャラクターの最期の場面は、場面転換するまで拍手が鳴りやみませんでした。
 終演後の芝のぶのブログに延々とつづられる感謝の辞に、この人の立場と誠実さ、強さがみてとれます。この強さが存分に活かされた役柄でした。

 我斗風鬼写/がとうきちゃ(ガトートカチャ)=ビーマの子の役が菊之助息子・尾上丑之助。台詞ひとつひとつの最初から最後までが、旋律のある唄をうたうようでした。丑之助の台詞の緊張感が途切れないので、共演の菊之助とか中村萬太郎(ビーマ)の台詞すら緊張感が足りなくて、物足りない印象になってしまう。丑之助はもうすぐ10歳ですが、天才子役ではなく、もう完成された歌舞伎役者だった。「恐ろしい子」ですよ、白目になってしまいます。

 また、折角インドものなのでダンス合戦もあり。菊之助とそのライバル阿龍樹雷/あるじゅら(アルジュナ)役の中村隼人(大富豪同心)が踊り疲れて倒れるまでのダンス合戦。RRRそのまんま。その中でナートゥのダンスの振りを日舞で再現。映画でスローモーションになる部分もちゃんと取り入れてて、凄く筋肉とか関節とかがきついんじゃないかと思われます。
 ダンスだけでなく、音楽も良かった。新作歌舞伎は音楽だけはどうしても録音音源を再生するのでとってつけたような感じになります。今回はちゃんと、竹本とか歌舞伎の音楽と舞台音楽家の棚川寛子の音楽が生演奏。劇団SPAC(静岡県舞台芸術センター)による演劇『マハーバーラタ』(初演2012)の音楽を担当したのが棚川寛子とのことで、この新作歌舞伎も演劇版の歌舞伎化という側面もあったと思われます。他の新作歌舞伎との共通点は多くスケール感自体は甲乙つけがたいものの、完成度でいうと『マハーバーラタ』が一番高いのはそのせいかもしれません。