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140字小説(ついのべ)2023年5月分

奥さん、まさか全て偶然だと思っていたんですか? 貴女の通勤路に探偵事務所ができたこと。いつも忙しいはずなのにすぐ依頼が通ったこと。所長が幼馴染みだったこと。いいえ、彼はずっと辛抱強く待っていたんです。追いつめられた貴女が自分から階段を昇ってくるのを。貴女を助けるために。
20230531

子供の頃、霊が出ると評判の家があった。高校の頃、その霊が出るのは公園だという話になっていた。一度引っ越して戻るとまた違う場所に変わっていた。娘が小学校で聞いてきた噂ではさらに場所が変化していて、気づいた。霊は長年かけて移動している。まっすぐに。その線の先に私の家もある。
20230529

引っ越し先の隣家の御婦人の話では、森の奥の屋敷には『自分を吸血鬼だと思い込んでる』男が住んでいるのだそうだ。「でもいい人なのよ」と。後日屋敷を訪ねて伝えた。「君は自分を吸血鬼だと思い込んでる憐れな男らしいよ」「それでいいのさ。平和が一番」吸血鬼である友人は平然と答えた。
20230528

突然変異で生まれた彼の体には驚異的な再生能力があり、例えば手足を切り落としてもまた生えてくる上、それを他人の体に移植してもたやすく接合した。彼の内臓はあちこちに売り飛ばされた。移植された誰もがやがて『彼』に侵食され同一の意識を持つようになることを、誰も想像していなかった。
20230528

古くから村に伝わる平凡なわらべ歌が、大昔この地に不時着しやがて命を落とした宇宙人の仲間へのメッセージであると判明した。歌詞には何の意味もなかった。その宇宙人の言語は、発音ではなく音階によって構成されるものだったのである。彼らはメロディによって互いに意志疎通していたのだ。
20230528

先生は昔ふらっと村に現れた。記憶を失くしていて、けれど数学や語学の知識はあったから、学校のないこの村で子供たちに勉強を教える職を得た。時々先生は今は国交のないあの国の歌をうたう。私はもっと勉強して、偉くなって、あの国が先生の故郷ならいつか帰らせてあげたいと思っている。
20230527

退屈のあまり葬式を抜け出したら、そこに同い年くらいの子供がいて、外で一緒に遊んだ。遺影の老人を指差してその子が訊いた。「あれは君?」「うん」死んだら子供に戻ったのだ。「君も死んだ人?」訊ねると「ううん」と否定された。「僕はあれ」そこにいたのはお腹の大きな女性だった。
20230524

友人は世界を股にかける大怪盗で、「予告状なしには何ひとつ盗まないと決めてるよ。女性のハート以外はね」とよく言っていたのだが、久しぶりに会ったとき、後半が「誰かのハート以外はね」と変わっていた。何だか幸福そうな顔つきで。私の知らないところで新しい恋をしたのかもしれない。
20230522

庭の片隅に『ねこのはか』ができていた。『ねこのはか』と書かれた木の板とお供えの花。こんなものいつの間に。一人暮らしで帰宅は夜遅いから全く気づかなかった。埋め場所に困った近所の子供の仕業か。面倒だから放っておこうと思った。翌週、『おばあちゃんのはか』を見つけるまでは。
20230521

誰にも言えず隠し通して黄泉路まで抱えてきた秘密が重すぎて、河を渡れずにいた。今日も新しい死者がやってくる。一人の男が鬼に耳打ちされてこちらに近づいてきた。「一緒に渡りましょう」「駄目だ、重すぎて舟が沈む」「沈みません。僕も同性愛者です。今の時代では誰もそれを責めません」
20230520

少女は密航する宇宙船を間違えたらしい。兄が向かったリゲルに行こうとして、デルタ行きの船に乗ってしまったのだ。「そこで」船長は皆に告げた。「当船は行き先をリゲルにすると彼女に言う」「騙すのですか」「真実を言うか? 棄民政策により、どこ行きの船も全てブラックホールに向かうと」
20230520

眠りについた回数と目覚めた回数の整合性が取れなくなった。眠りについた夢の中でさらに眠りについてしまったことが何度も何度もある。もはや眠りについた回数と目覚めた回数はイコールと程遠い。僕はいま夢の第何層にいるのか。そして君と逢えたのは第何層だったのか。君はどこにいるのか。
20230520

歳下の叔父さんができたのは私が八歳のときで、親戚中が疑っていたとおり実は祖父の種ではないと判明したのは叔父さんが六つになったときで、それでも叔父さんと二人で暮らし続けた祖父が亡くなったのは十年前。今はその祖父の家で二人で暮らしている、私と叔父さんの関係に、名前はない。
20230519

近所にそっくりな双子がいた。見分けがつかないと評判だったが、私は間違えたことがなかった。「俺のこと好きなんだろ」双子の片方にそんなことを言われて、つい白状してしまった。片方だけ、いつも後ろに『何か』が立ってるの。優しい私は、憑かれているのがどちらなのかは言わなかった。
20230516

空から女の子が降ってきた。具体的には、父親の死と共に破産したお嬢様が昔メイドの子だった僕のアパートに転がり込んできた。今は鼻歌まじりに慣れない洗濯なんてしてる。僕はというと、彼女の父の『事故死』の調査を始めた。天女を空に帰すために。きっと清清して、少し寂しくなるだろう。
20230516

地獄の閻魔は困っていた。その死者はどんな名で呼んでも「それは私の名ではない」と言い張る。親が付けた名も、花魁としての名も、身請けされた後の名も。これでは沙汰も言い渡せない。やがて一匹の老猫が連れられてきた。猫が小さく鳴くと死者は微笑む。私の真の名を呼べるのはこの子だけ。
20230515

「奴はかつて神であった。しかし人の子に『力』を与える愚行をし、他の神に軽蔑され追放された」「ひどい」「お前に判るように説明すると、それはネコチャンに人の食物を与えるようなもの」「ネコチャン」「ネコチャンには塩分過多の食物を、喜んで食うからと無責任に……」「そりゃひどい」
20230511

精神科医は今日も病院に寝泊まりした。皆が彼に診て貰いたがって忙しいのだ。まあ、あんまり暇だと自分が医師じゃなくてただの患者だと思い出しそうになって辛いし。ときどき同僚の精神科医と話をする。「お前も大変だろ、愚痴くらいいつでも聞いてやるよ?」と言ってやる。同僚が微笑む。
20230510

人狼にも二種類いる。死体が狼になる奴と人間になる奴と。前に俺が銀の弾で倒した奴は、意地のように人間の姿を保っていた。骸を妻の元に届けて欲しいと俺に懇願した。人間として葬られたい気持ちはわかったから、そうしてやったよ。つい尻尾だけ生えちまったのは、こっそり切ってやった。
20230510

美しい広い庭。夜闇の底でコオロギが鳴く。縁側で大伯母が呟く。「私の夫は悪い人間だったから、死んだらもう人に生まれ変わることはできないよと言われて」ならコオロギになると嗤ったの。あの人は毎年コオロギに生まれては、私のこの庭で鳴く。だから。「私が逝ったら、庭は潰して頂戴」
20230509

立ち寄った宿で、一人の女が幼い子に子守唄を歌っていた。「お前、北の魔女の養い子だな」思わず言うと女の顔が強張った。「待て、そんな剣呑な顔するな。あの魔女と同じところで音が外れるから判ったんだよ」俺も外れる。拾われ子のきょうだいは皆同じ。お前も魔女を救いに来たのだろう?
20230508

丘に咲く薔薇と友達になった。美しい一輪の赤薔薇。でも薔薇は「君はいつか私を嫌いになるよ」なんて言う。「なるもんか」と僕は毎日薔薇の元を訪れた。薔薇が散った後も。「なんでまだ来るんだ?」「友達だから」咲き誇る花でなく、刺だらけの枝こそが君の本体だと、最初から知ってたから。
20230508

「この地には魔法使いがいたのか?」「最後の魔法使いが処刑されたのは大昔だ」「へえ」罠にかかった小鳥を捕える。この鳥は美しい鳴き声で人気だ。この土地にしか生息しない。乱獲されてじき滅びるだろう。「その魔法使いはここが好きだったんだな」小鳥は古代魔法語で魔除けを歌っていた。
20230506

街の真ん中で虎が捕獲されたとのニュースが流れた。どこから現れたのかは不明。虎が引き取られたという動物園に足を運んだ。虎の檻の前では、大勢の人がやってきてそれぞれの友の名を呼んでは、落胆した顔で去っていった。僕も呼んだが虎は答えなかった。あいつは今、どこにいるんだろう。
230503

焼肉屋に行ったら、メニューに『ウミガメ』があった。
20230501

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