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童話 阿呆なおとこ

むかしむかし、信濃の国、柳の原という場所にたいそうに阿呆な男がいたそうな。

男の最初の記憶は日の差す畳に、母のお腹の中に居た頃の様に丸まって倒ふれている時に見たマトリウシカといふ玩具の転がっている風景だが、次に見た風景は男を犬の様に吠え立てて近所の遊び場から追い立てようとする同年代の幸の薄そうな子供の顔であった。

「ヒコクミンノコ!」その鳴声は何か意味が有りそうだが、その意味や、意味を量る理由は男にはちっとも思いつかず、ついには石を投げて来たので善かれと思って頭の左側で受けて、血を流してやった。

「これでいいのか?」男の、全くの好意ではあった。が、次の日からはその子供を含めて近所中の子供全てと交友が絶えてしまった。不思議である。


戦争といふものが終り、男には青春というものがもたらされるはずで有ったが、男に青春というものは無かった。哀れに思った同胞は戦争で裂かれた無産者という集団に誘い、その復活の旗の旗手の一人として敬おうとした。意外と利発、勤勉であった男はその姿の異様も併せて大いに組織の活動に役立ったが、ある日、

「芸術家さんは単純に楽しいね、何で追い出してしまったの?それじゃあ権力といふ打倒すべき相手とおなじじゃあないの?」と言ってしまった。

効果はてきめん、男は速攻で組織を追われ、組織からは裏切り者、権力の人からはテンコー者等と呼ばれて人気になってしまい、なかなか人混みを歩けなくなってしまった、辛いね。


田舎臭さ、泥臭さの塊であるのに反して、男の思考や技工が優れている事を、何人か知っている人がいた。悪い人相に併せてアコギな仕事をさせようとするものも居たが、どのような場合でも男の仕事は最後には惚れ惚れする出来のものだった。男は職人と呼ばれ、達人とみなす人も居た。なので、幾人かは男にツガイになることを直訴、換言したがいつも男は不思議そうな目をして言った。

「僕の早足や、手の爪にしか興味がないのに、何で一緒に居ようなんて言うんだい?少しのお金が別けられるくらいだよ。」相手は悲しい目をして黙ったり、つまらなそうに舌を打ったりした。


ある日の朝、男はピカピカに磨いた自転車で出掛けた。いつも、そして昨日までの古い時代や、男が一時期心血を注いだ権利を記念した日と違って、煩わしい車の横行は少なかった。空は曇っていたが風も心地良く、何処までも自転車で行けそうであった。目的地の役所といふ場所についたが、生憎(あいにく)扉は閉まっていた。

フリカエキュージツ そういうものだそうだ。手紙をくれて、電話を寄越してまで男に会いたがっていた役人さんは今日は来てくれていなかった、男にはフリカエキュージツなんて概念は無いのに。「せっかく。」男は会えなくて残念だった。

帰り道、大きな道路から外れた田んぼと果樹園の真ん中の砂利道で、ふと男は立ち止まって自転車を降りて、どこか右下の方の何かを見つめているような、探しているようなしぐさを見せた後もう一度言った、「せっかく。」

すると不思議な事に、自転車を残して男は目を閉じたり開けたりしている瞬間に、瞬時に消えてしまった。残され自転車は放逐されたまま、錆び、草が絡み、朽ち果てていくのみであった。

人々は言った「あの男は、化けたぬきだったのではないか?」
人々は知らなかった、男が本当は、どこの外国から流れ着いたかも判らないアライグマだった事を。

男の洗い清めるという技術は、力は永遠に失われた。

遠くから、本当に遠くの上空から見ていた古馴染みの鯉のぼりは悲しく思って、少々の涙を流した。少し、時雨れた。大雨といふほどではない、おしまい。


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