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鮨の真髄No.004 スシの仕事と種類1

本記事は「鮨の真髄」の連載4回目です。筆者が2023年12月末に始めた、アメリカのSubstackで連載している"Spirits of Sushi"の完全日本向けバージョンです。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(最下部に目次を記載しています)。

本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
ググってもSNSを開いても得られないような情報を盛り込んでいきます。

「スシの仕事と種類」のチャプターでは、江戸前鮨の仕事=調理法を深掘りするとともに、色々な種類のスシを見て行きます。江戸前鮨に詳しくなるだけでなく様々なスシを知る事で、鮨の食べ歩きがさらに楽しくなるのは間違いありません!

それでは、まずは江戸前鮨=握り鮨について解説します。

Chapter 2. スシの種類:「江戸前鮨」とは?

江戸前鮨の「江戸前」と言う単語は、もともと「江戸の前に広がる海で獲れる魚」を意味した。しかし、時代と共に埋立地が広がることで「江戸前」の物理的な範囲はどんどん拡大し、さらに工業化に伴って魚が昔のようには獲れなくなった。「江戸前」の地理的範囲の変遷を見てみると、江戸時代には品川と深川を直線で結んだ範囲に留まっていたが、明治期には羽田沖から江戸川河口までに広がり、現在は神奈川県三浦半島の先から千葉県房総半島の先までと大幅に拡大されている。

よって、現代の江戸前鮨とは、「江戸の前に広がる海で獲れた魚を使った鮨」ではなく、「江戸前鮨の伝統的な調理法を用いる鮨」を示している。土地を意味する言葉から概念を意味する言葉に変わったというわけだ。また、同時に、江戸前鮨の精神は土地に縛られることなく調理法に宿ったとも言える。豊洲市場(かつては日本橋、築地)に全国から集まる一流の魚介類と相まって江戸前鮨は発展し続けている状況だ。これは日本各地で人気を高めている、地魚を用いるご当地流の江戸前鮨も同じロジックである。東京だろうが地方だろうが、調理法が江戸前鮨を規定する。

江戸前鮨は「調理を施した魚」を用いる点が最大の特徴だ。世間では勘違いされているが、生魚を乗せただけの鮨は江戸前鮨ではない。江戸前鮨とは「味付けした酢飯の上に、調理を施した魚介類を薄くスライスしたものを乗せ、指と掌で繊細に整形した鮨」だ。そして、江戸前鮨においては、酢飯と鮨種の間に山葵を挟んで味を引き締めることが一般的である。もともとは殺菌の意味合いがあったとされるが、現在においてはその意味は失っており、味覚と嗅覚の面で鮨の魅力を高めるために使用されている。よって、山葵は美味しくなくては意味がない。一定以上のレベルの鮨店で粉山葵や混ぜ山葵を用いるのは論外だ。理由は、言うまでもなく不味いためである。粉山葵や混ぜ山葵は魚の味を殺すが、本山葵は魚の味を活かす。鮨そのものの味の前に、山葵の味の違いを判別できるようになると間違い無く一目置かれるだろう。理由としては、筆者は世間で「食通」や「グルメ」と呼ばれる人に数多く会ってきたが、飲食店で山葵の質に言及する人が極端に少ないためだ。これは何も偉そうに言っているわけではなく事実である。鮨でも鰻でも蕎麦であっても、混ぜ山葵なのに無頓着に食べている「食通」や「グルメ」は驚くほど多い。数少ない構成要素で味覚を構築する鮨においては、山葵は仕事とともに重要なので覚えておいて欲しい。

次に、「調理を施した魚」の仕事(調理法)について解説する。

「江戸前鮨」の仕事の概要

江戸前鮨の仕事には、以下のようなものがある。江戸前鮨においては調理法を「仕事」と呼ぶ。「調理の手間をかける」意味から「仕事」と呼ぶようになったのだろう。

  • 切る

  • 締める(塩締め、酢締め、昆布締めなど)

  • 茹でる

  • 煮る

  • 漬ける

  • 炙る

  • 焼く

  • 寝かせる

  • 熟成

多くの仕事は江戸時代に保存性を高めるために生み出されたが、現在は高度に進歩して洗練されている。その進歩は留まることを知らず、私の経験則で考えても、2005年、2015年、2024年の時点で全て別物と言える進歩を見せている。とは言え、過去の仕事が時代遅れにならない点は江戸前鮨の魅力であり、むしろ伝統的な仕事に触れることで温故知新のポテンシャルを秘めている。この点に気付けるかどうかは、鮨職人であっても食べ手であっても極めて重要だ。

わずか一口で多様な味を楽しませてくれる江戸前鮨は、味覚と食感の微妙なバランスで成り立っている。それを成り立たせているのが正確な包丁さばきと鮨職人のセンスである事は間違い無い。同じ魚でも時期や産地によって味が変わるため、折々の味を見極めて仕事を施し、適切に切り付けなければならない。ただ生の魚を切って酢飯に乗せただけのものは江戸前鮨ではなく「刺身おにぎり」だ。通人はそのような鮨もどきと江戸前鮨を明確に区別している。しかも、食さずとも写真で容易に分かる。

僕は半蔵門の名店「鮨みずかみ」で外国人旅行客を見て感動したことがある。デンバーから来日したアメリカ人が鮨に感動していたのだが、理由が素晴らしい。「自分の故郷のコロラド州では絶対に食べられない美味しい魚だ。生でも美味しい魚に、上質な調理が施されているのが素晴らしい!鮨のために日本に来て本当に良かった!」との談であった。彼のコメントを聞いて、僕も一緒のタイミングで訪問出来て何よりだったと幸せを噛み締めた。こんなにも小さくシンプルな物体が深い感動を与えてくれるなんて、と。そして、その深い感動を導く存在こそが江戸前鮨の仕事であることを再認識した。江戸前鮨の仕事とシャリの高度な一体感がもたらす美味は世界中のあらゆる美食に匹敵し、多くの場合に凌駕する。日本に生まれて良かったと実感する一つの事実だ。

さて、本題に入ろう。江戸前鮨の「仕事」の内容を説明すると以下のとおりだ。

  • 切る:魚介類を適切な形状、厚みに切る

  • 締める(塩締め、酢締め、昆布締めなど):魚介類の水分を抜き、魚自体の味わいを深め、味や旨味を含ませる

  • 茹でる:お湯で加熱する

  • 煮る:お湯や調味液で比較的長い時間加熱する

  • 漬ける:魚介類を調味液に漬けて、味を含ませる

  • 炙る:炭火やガス火、藁火で魚介類を炙る

  • 焼く:炭火やガス火で魚介類を焼く

  • 寝かせる:魚介類を数時間~数日間冷蔵保管して、旨味を増やす

  • 熟成:長い日数をかけて寝かせて、旨味をさらに増やす

これらは専門的に聞こえるかもしれないが、江戸前鮨の本質を知るためには重要だ。鮨がシンプルな料理だからこそ調理法を知ることに意義がある。それでいて分子ガストロノミーのように複雑ではないので、誰もが容易に奥深い世界に飛び込む事が出来るのだ。

次回より、鮨の仕事を詳しく解説していく。仕事の世界に飛び込もう。

今後の目次構成

今後については、以下のとおり執筆していく予定です。

  1. スシの歴史

  2. スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど

  3. スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集

  4. 鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について

  5. 鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド

  6. 鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について

  7. 日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ

  8. 必訪の鮨レストラン: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで

  9. 郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る

  10. 鮨と日本酒のペアリング

  11. 鮨の作法とテーブルマナー

  12. 家庭で美味しいスシを作るための必需品

  13. ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画

  14. スシの健康と持続可能性

  15. まとめ:スシの未来

なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。

それでは、今後ともよろしくお願いします!


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