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SF小説・インテグラル(再公開)・第八話「ある女性の場合 その2」

第七話はこちら。

 その頃、インテグラル・バージョン4が発売されたのですが、いくつかのイベントが追加され、また細かいバグ取りやメニューの改善がなされただけだという噂を聞いたので、私はそのまましばらくバージョン3の世界に居座り続け、地下図書館で借りた本に読みふけったのでした。
 
「インテグラル世界は、ある女性が創りあげた。彼女の名はナタリー。そしてインテグラル世界を治める三人のマスター。アラン、ニルス、ン・ケイル……、か……」
 
 私は溜息をつきました。私は心の底から、彼らに会ってみたいと思ったのです。会って何がどうなるわけでもないのですが、私は彼らに一言、ありがとうと感謝の言葉を述べたかったのです。私にとってインテグラルは、そしてナタリーと3人のマスターは、神にも等しい存在だったからです。
 
 その本を読み終えた頃……、現実世界での私に、2つの噂がもたらされました。その一つは、インテグラル バージョン4では、ナタリーと3人のマスターの物語を、チュートリアルとして体験できるということ、そしてもう一つ、インテグラル バージョン5の発売が近いということ……。私は強烈な後悔の念とともにあわててショップに走り、バージョン4を購入しました。いうまでもなく、私も彼らに会ってみたかったからです。震える手でパッケージを開封してカードをスロットに挿入し、ベッドに横たわると、一人の女性が私の前に現れ、こう言いました。
 
「あなた、図書館の本を読んだのですね? どう思いましたか? あなたにとってのインテグラルは、やっぱりあなたにとっての、理想の世界でしたか?」
 
私には、その問いかけに対する答えを出すことが出来ませんでした。なぜなら、私の心は「YES」と「NO」の間で、大きく揺れ動いてしまっていたからです。そんな私をしばらく眺めていたその女性はくすっと笑い、私に手をさしのべてこう言いました。
 
「あなたは正直な人ね。ならばおいでなさい、バージョン4の世界へ。あなたの望んでいた世界が、ここにはあります」
 
私が彼女の手を握った瞬間、私はインテグラル世界のマスターの一人である、ン・ケイルになっていました。埋立地に遅刻してきたアランに私は辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせてしまいましたが、私の本心は、アランに会えた喜びでいっぱいでした。あまりの嬉しさに泣き出してしまった私に、アランが恐る恐る尋ねました。
 
「あのう、何かいつもの班長と様子が違うんですが、何かあったんですか?」
 
私は答えました。
 
「目にゴミが入っただけです。ここはゴミ埋立地ですから、ごくありふれた当然のことですが、何かおかしいですか?」
「いえ……、別に……」
 

(続く)


解説(ネタばれあり):

第七話から引き続き、「未来世界でとある事件を体験したとある女性の私小説」です。

謎の図書館で教えられた、インテグラル世界についての歴史書。

その表紙に刺繍された「帝国の紋章」が、私のnoteのアイコンと同じなのには何の意味もないのでご安心ください(笑。

純粋に文章を味わうという「純文学」、そのひとつとしての「私小説」。

あまりくどくど解説せず、ここはじっくりと味わっていただきたいと思います。

次回はこちら。

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