週末の電車の中、僕は揺られていた。岩石を背負ったような重さを体に感じながら、座席についていた。すると電車が次の駅で止まった。途端に車両内がうるさくなった。よく見ると二人の若者が大声で話しながら、入ってきた。 若者達は席につくなり、大股を開けて耳障りな声で話し始めた。 二人の見た目は派手そのもの。見るからに柄の悪そうな人間だったのだ。他の人間は皆、携帯を触ったり、眠ったふりをしたり、見て見ぬふりをする事なかれ主義を貫いていた。 彼らの気持ちはわかる。注意して絡まれる
好きな男性シンガーソングライターが失踪した。SNSやインターネットで探してみるが出るのは過去のSNSの投稿くらい。有名じゃないせいか、これといった情報がないのだ。 大ファンとしてこのニュースはかなりショックだった。彼がメジャーデビューする前から知っていた。小さなライブハウスにいた頃、路上ライブをしていた頃から全て、知っていたのだ。 私は彼を探し回った。よくいたライブハウス。が行きつけだったバー。どこにもいない。もうあの歌声を生で聴くことが出来ない。でもいない。私はた
「ごめん。別れましょ」 「えっ? どうして」 「お父さんが言っていたの。外国人は野蛮だから付き合うなって。悪魔のような存在だって」 その日、初めて人種差別を受けた。明確な人種差別だ。僕は彼女に自分が外国人の血を引いた事を話した。もうこの時代だからきっと受け入れてくれるだろう。そう思って話したのだ。 「分かった」 僕は彼女に背を向けた。野蛮? この国にも山ほどいるだろう。外国? 今、この国に住んでいる人種の大半なんてルーツを辿れば、大体外国人だ。確かに外国人にもクソみ
休日の静かな銀行の中,僕は引き金を引いた。目の前の人間が倒れた。互いに抱きしめ合う親子。若いカップル。彼等を守るために撃ったのだ。 目の前には額から血を流した男が倒れている。即死だ。 この男が銃を構えて,銀行強盗をしに来たのだ。 男は警備員を撃ち殺して,辺りに恐怖を伝染させた。僕は銀行強盗から離れた距離にいたので,気づかれなかった。 だから射殺された警備員から銃を取り、殺したのだ。 撃つ前は震えた。自分が殺す。あと少し待てば警察は来るかもしれない。しかし
バイトの昼休憩。休憩室の中、物凄い不快感に苛まれていた。 歯の間に食べ物が詰まった。正確にはカップ麺に入っていたかやくのネギだ。しかもこのネギ。歯と歯の間に見事にフィットしてやがる。腹が立つ。こういう時に限って爪楊枝もない。 腹が立つ。僕は近くの水を手に取り、うがいの容量で口内で水をかき混ぜた。しかし、取れない。 トイレの洗面台で鏡を見た。口を開いて、詰め物の位置を特定した。指を突っ込んだ。頼む取れてくれ。 鏡の前で格闘すること数分。僕は勝利した。 時計を
無機質な工場の中,今日も仕事をする。仕事は至って簡単。草を包んで,箱に入れる。これを一日に何百回もやる。 数日前に知り合いから誘われて,働いているが給料も前職の倍はあり仕事も難しくないため,気楽に働いている。 気楽とはいえ,やはりこの草の正体が気になる。従業員に聞いても漢方薬だとか,牧草とか色々な答えが返ってくる。 まぁ、何かしら必要としているからこう言う仕事があるんだろう。そんな事を考えていると仕事が終わった。 次の日、僕は驚愕した。 朝ニュースを見てい
緑生い茂る自然の中を僕は一人,歩いていた。草木が揺れる音。川のせせらぎ。蛙や虫の鳴き声。鳥の囀り。 遺伝子が慣れ親しんだ音や声だ。自然と心がリラックスする。 大自然を堪能して、移動した。 次は僕の住む場所。大都会だ。車の走行音。工事の音。人々の喜怒哀楽に満ちた声。 ビルに貼り付けられたスクリーンから流れるCM。 自然とは違い,人工物が多くなっている。はっきり言ってやかましい。しかし、これが僕の生きている街だ。 この世はオーケストラだ。人間社会も自然
魚が静かに僕を見ていた。鮒だろうか? 分厚い唇をパクパクとしている。 いいなー お前は呑気でよ。俺は瓦礫に足が挟まって、なおかつ息だってろくに出来ない。最悪だ。 車で家路に向かっている時にまさか洪水に巻き込まれるなんて思いもしなかった。 終わるのか。視界が薄れていく。意識も途切れそうだ。看取ってくれるのが今日あったばかりの魚とはなんとも悲しい終わり方だな。 完全に意識が途切れそうな時,突然,何かが体を掴む感覚がした。そして、水底から一気に引き上げられた。 「一
「ふう。終わった」 数時間睨み合っていたパソコンから目を離した。眼球を労るように目薬を使った。 「疲れた」 喉の奥からため息混じりの言葉が出てきた。 社会人になってからどれだけのため息を吐いてきた事だろうか。大人になれば否応にも考えなければならない。 思考の頻度があまりに多すぎる。慣れはしたものの今の会社に入りたての頃は社会とは何たるかを何も学ばなかった。 何も気づかなかった。愚か者だったのだ。もっと早く気付いていれば,また別の場所にいたんじゃないかと思う。
車の走行音。クラクション。ガチャガチャを回す音。信号機の音。人が歩く音。ありとあらゆる音が耳に 流れ込んでくる。 ありとあらゆる音が流れ込んでくる。知り合いから興味本位で買った薬のせいでこうなった。 ああ、うるさい。こうしている間にも色々な音が流れ込んでくる。 電車の音。店員を捲し立てる人の音。子供の鳴き声。ああ、怖い。俺は躍動に任せて、走った。 突然、大きな音と衝撃を感じた後、世界が無音になった。
ぼんやりとした意識の中,目が覚めた。体が重い。 そう言えば昨日,浴びるほど酒を飲んだ。気持ち悪い。なんて事だ。凄く気持ち悪い。 だけどカーテンの隙間から指す陽の光がなんとも心地良い。 外に出ると青空が僕を歓迎してくれた。気分が良い。 あまりの開放感に僕は走り出した。心が体を忘れて,走るように行っているのだ。 ああ、心地良い。最高だ。 数秒後,盛大にゲロ吐いた。おさけなんて大嫌いだ。
スマホゲームのガチャをやっていた。ゲーム内の通貨を使って、キャラを当てるというものだ。 「くそ」 しかし、お目当てのカードが全く当たらない。ついにゲーム内の通貨が尽きてしまった。 ため息をついていると突然、ある画面が表示された。『課金』 悪魔が俺に囁く。千円だけ。一時間バイトすればすぐ稼げる額だ。いつでも元は取れる。ここでやらずいつやる? 手に入る可能性を放棄するのか? 何のリスクも背負わず、得られるものなんてない。 俺は課金した。キャラクターを出現されるガ
昼間から酒を飲んでいた。世界遺産の上で。 俺がガキの頃から地元に聳え立っていたオンボロな城。 それが近年の研究により歴史的に価値のある城だという事が分かり、数日前に世界遺産認定された。 この白を一目見ようと外から観光客がたくさん来るようになった。辺鄙な田舎町に流れてきた。 町からすれば大助かりだろうが僕はそうじゃない。ここは元々、俺が一人、ゆったりとする場所だった。 そこに多くの人が来たのだ。ゆっくり出来ん。世界遺産やろうがなんやろうが関係ない。 「
「あっつ」 脱水症状に陥るんじゃないかと思うほど、僕は晴天の暑さにうんざりしていた。 あまりに暑いせいか、時折、何かが焼けたような香りが鼻腔に入っる。 夏特有の香り。焦げるとは違う焼けた香り。 自分の皮膚でも焼けているのか? そんな事を考えてしまう程、焦げ臭かった。 理由は分かっている。おそらく僕が今、都会から離れた田舎道を歩いているからだ。 どこまでも広がる田んぼ道と遠くに見える山。僕の住んでいる場所からは確認出来ないものだ。 橋の下に流れる川も用
肌が燃える。そう思えるほど、今日は暑かった。 視界にはどこまでも広がる海と砂浜。僕はサンダルに砂浜を歩いていた。 家の近くでは鬱陶しいほど聞こえる蝉の鳴き声もここでは聞こえない。 しかし、唯一嫌な事がある。今日は八月の末。通っている学校の夏休み期間がもう終わるのだ。 この夏休みは友人と色々なところに行ったが今日は一人だ。 一人で食うかき氷。一人で食う焼きそば。美味い。されど虚しい。 夏という開放的な季節だからこそ、不意の寂しさが際立つのだ。
暗い部屋の中、一人蹲って行った。外では吹き荒れる風の音と大きな雨音が聞こえる。 台風の影響で停電が起こったのだ。僕の住んでいるアパートだけではなく、周辺の家からの光がなくなっている。 冷蔵後の中を確認したが、幸いなことに生ものは何もなかった。あると腐ってしまい腐臭が発生する恐れがあるのだ。 こうして暗闇の中にいると色々と考えてしまう。人間関係。将来。現状。ありとあらゆる不確定要素が不安となり、僕を呑み込もうとしてくるのだ。 ああ、恐ろしい。なんて怖い。暗闇が心に