タイトルがつけられない

閉店1時間前に現れた親子。
小柄な母と大きな息子。
なぜそんなに?と思うほど、みょうにへりくだった口調の母親が気になった。
『あのぉぉぉ、すみません、こちら何時までですかぁ?』
閉店時間を告げると、
『あぁぁぁ、よかったぁ、まだ1時間ありますね〜、ありがとうございます、ありがとうございますぅ』
『まだ時間あるって!間に合ったね!よかったね〜!』息子に言った。

まじまじと親子を見る。

20歳前後の息子さんは、何か障害があるのだろう。
親子は、揃いのお手製マスクをしていた。
縫い目も荒く、ほころびもある、かなり雑な作りのマスク。

母は息子に、スクラッチを選ぶよう促した。
みょうにへりくだった話し方は一変し、
『どれがいいの?どれ?何番がいいの?好きな番号を選びなさい』
母の両手は腰。捲し立てる。
息子は体を揺さぶり、落ち着きを無くしたようで、困惑していた。
うーっ、うーっ、うーっ…と唸っている。

母は捲し立てるのを止めない。
『ほら?なんでもいいから、好きな数字を言いなさい!言ってごらん!どれがいいの?どれ?選びなさい!もーっ、なんでもいいの、好きな数字あるでしょ?あるよね?言ってみて?!言ってごらん!』
息子が口を開いた。
『わからない、わからない…』
しばらくこのやり取りが続く。
だんだん、見るに耐えられなくなり、私は親子を見ないようにしていた。
無知な私には分からないけど、これは彼にとって、訓練というか、なにかしらの必要性があるのかもしれない。が、見ているこちらからすると、安穏ではいられない。
他のお客さんが来ると、親子は端に寄り、選ばない息子に母がずっと同じ調子で話しかけている。

ようやく決まったらしい。親子が正面に立つ。
すると母親が息子に
『言ってごらん!決めた数字をお姉さんに言いなさい、ほら、何番にしたんだっけ?言えるよね!ください!って言いなさい!』
息子は、チラッと私を見たが、不自然なくらいに顔を横に向けると
『言えない、言えない、言えない…』と、今にも泣き出しそう。

『決まりましたか〜?どれにしますか〜?』
優〜しく言ったつもりだけど、息子は、顔を強張らせた。そして、
『言えない、わからない…』を繰り返すばかり。
(お母さん、もうやめてあげて〜!辛すぎ!こんなに嫌がっているのに。言えないとダメ?私、見ていられないです。)

『どうしますか?どれにします〜?』母親に聞いてみた。
『すみません。ごめんなさい。すみませーーん』
そして息子に向かって
『お姉さんがどれにしますか?って聞いてくれてるでしょ!ほら、言いなさい!』
まだ続いているやり取り。
数分後。ようやく、息子が、顔を背けたまま、叫ぶように、それはもう絶叫だった。
『8番くださいっ!!!』

親子がいなくなると、私は、涙ぐんでしまい長嘆する。
しんどいなぁ…

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