見出し画像

謡の間にて~「月見が池の邂逅」伝え 舞って紅 第十七話

 「日女美伽様は、その夜の内に、椎麝様から施され、『ミチヒラキ』され、太祖様より陽の伽畸神としてのお許しを受けました。そして、陰の畸神の天護様のお力が尽きるまでの八年間、お二人は、ご夫婦として、仲睦まじく、お過ごしになられました。島の民草は皆、きっと、このまま、椎麝様が、三代目の陰の畸神になられると思っておりました。ご本人の椎麝様も、その為に、島の政(まつりごと)や、薬師の仕事に、ますます、お力を注いで過ごされ、日女美伽様も、それを支えて行かれました。その八年目のある時、惟月島に、病が流行り始めた頃、ついに、二代目の陰の畸神のお力が弱くなられてきました。日女美伽様と、椎麝様は、陰陽宮に駆け付けました。そして、淡い光の陰の御印を、椎麝様が手にしましたが、その瞬きを得ることは叶いませんでした。

「八年間も、夫婦だったのか・・・、二代様の時は、慌ただしく、すぐに仮婚から、陰畸神として、天護様が立たれて、畸神ご夫妻となられたが・・・」
「その時によって、違うようですね。天照様のお力と、天護様のお力、つまりは、畸神としてのご夫妻の在位の時の長さが違うたようですね」
「なるほど、そのような時の流れとなるのか・・・ふむ」

これを見て、日女美伽様は、急ぎ、陰の御印を手にし、月見が池で清めました。きっと、まだ、お父上の在位が終わっていないのだと信じて・・・しばらく、池で御印を清めていると、急に、陰の御印が輝き始めました。それと同時に、その対岸に、一人の若やかな、清しい月鬼(げっき)が現れました。こちらが、フジマキ様という、本来の三代目の陰の畸神となられるお方でした」

「ああ、いよいよ、・・・フジマキ様の登場になるのだな」

「心が躍りますか?」
「書きつけで少し、師匠の所に残されている木簡があり、見せて頂いて、以来、謡で聴けたらと、心待ちにしていたのだ」
「ある意味、畸神語りの骨頂でございますからな、この件は・・・」

 安行は、まるで、勧善懲悪の歌物語でも見るような感じに見受けられた。彼の中では、きっと、椎麝は悪役で、フジマキが善行の人物、主人公なのかもしれぬ、そう、アカは思った。

 その実、この畸神のうたいは、昨今の薹の台頭の為、このような大切な場でしか、披歴することはない。これは、秘中の秘であり、おいそれと、人に聴かせるものではないのだ。たまに、書き言葉を持つものが、たまたま、聞き及んで、遊びに書きつけたものがあったのかもしれない。それを、公は手に入れていたということだろう・・・謡そのものは、里で諳んじる練習もしていたので、それはあったが、里以外で明かすこと、それ自体が、今や、危険なものである。ましてや、薹の宴席に呼ばれ、「そらんじてみよ」と言われても、「何の事でございましょうか?これでございますか?」と、他の恋の歌物語などをうそぶき、惹きつけ、結局は、誤魔化すのが、相場だった。本来なら、アカも、口伝にて、後継に遺すべきである。しかし、今は、この東つ国の、あらゆる、漂泊の民の殲滅が進んでいる以上、この真実の伝えを、何等かの形で遺す必要がある。それは、アカにも、危機的なものとして、理解することはできた。命を賭した、海の民の仲間の為にも、生き残ったアカは、これを公に預けることに、異論はなかった。

 なにやら、この若き文官を目指す公達の安行と、謡の中のフジマキと、その感じが、重なるように、アカには思われた。清しい、純粋な心が、そのままなのかもしれぬ。この公の下で、この若き公達に、大切な謡を預けることは、きっと、間違えないのだと。祖母である、アサギのお婆と、母のチシオの顔を浮かべて、そう確認するように、アカは、その続きを謡い奏す。

これぞ、『月見が池での邂逅』三代様伽の陰陽畸神が御揃いになられた時でございました。たちまち、池の周りには、畸神ご夫婦の証の結界の霧が立ち込め、傍まで、日女美伽様を追って来られた椎麝様は、池に入ることができませんでした。二つの陰陽の御印は、それぞれ、お二人の心の臓の動きをし、いよいよ、これにて、三代様伽の陰陽畸神がお立ちになられたという時でございます。この時、日女美伽様は御年二十四歳、フジマキ様は十七歳の時でございました」

 安行は、筆を走らせた後、腕を組んで、思いを巡らすように、目を瞑った。

「どんな言葉を交わされたのだろうか?お互いに、思いもよらなかったに違いない」
「まさに、そのようでございましょうね。日女美伽様に於かれましても、まさか、ご自分の御相手である、陰の畸神様が、月鬼の若衆とは考えも及びませんでしょうしな。ましてや、虐げられた月鬼、しかも、椎麝様の下働きをさせられていたフジマキ様にとっては、それ以上の驚きだったに違いありませんね」
「本当に、仲の良い陰陽伽畸神様と伺っているが、この後の件は、聞くに辛いことが続くと覚ゆが・・・」

 アカは、続けた。

お二人は、すぐにお互いを気に入り、日女美伽様に於かれましては、椎麝様の時とは違うお心持ちをしたそうでございます。素直で、優しい心栄えのフジマキ様は、まさに陰の伽畸神の器であると確信されたそうです。しかしながら、椎麝様は、ご自分が陰の伽畸神であると信じてやみません。ましてや、自分の下男である、月鬼のフジマキ様に、それを取って変わられたと、思われるに違いありませんから、お二人はお困りになりました。『このままでは、伽を放つなど、とても叶わぬが、どうしたら、よろしいのか・・・』そして、フジマキ様が、『私は、何でも致しますから』と二つの御印に願うと、陰の御印だけが、点滅が止まりました。これなら、御印を陰陽宮に持ち帰ることができると、お二人は、また、月見が池で逢う約束をして、まずは、フジマキ様がお帰りになりました。すると、池の霧が晴れ、椎麝様が、日女美伽様をお迎えに来られました」

「・・・霧の外で、椎麝は待っていたのじゃな。恐ろしいことじゃ」
「ああ、今日は、もうそろそろ、陽が傾いて・・・いかがですか?蝋燭の灯の元に続けましょうか?」
「ああ、すまない。アカ殿、お疲れではないか」
「お休みしましょうか?夕餉をもらってまいりましょう」
「・・・きっと、椎麝が迎えに来た時も、こんな夕暮れで、・・・きっと、日女美伽様は、詰問される。もう、フジマキ様を思い始めてるのに、ご夫婦だからって、きっと、その・・・」

 安行は、憤慨したように、筆を置いた。眉間に軽く皺を寄せて、少し、頬を赤くして、首を捻った。

🌸

 夕餉を炊屋から、運び、アカは安行と、差し向かいで、膳を囲んだ。

「さっき、言っておった、」
「はい、何か、申しましたか・・・」
「日女美伽様が、椎麝様に詰問されて、その後のお話」
「あ、ああ、はい」
「どうなったのだろうか・・・と」
「え?・・・ああ、それは、あくまでも、私の想像で・・・多分、椎麝はきっと、日女美伽様に、吾が妻が、月見ヶ池で、何をしていたか、聞くに違いないし・・・そのように、思っただけで・・・」
「もう、安行殿の中では、椎麝様は、完全に悪者なんじゃね・・・うふふふ」
「あふ・・・蕪、甘い。美味い・・・」
「ここの炊き方、宮命婦みやのみょうぶ様のお手ずからみたいですよ。それを教わって、炊屋かしきやの皆が引き継いでるんだそうで」
「命婦様が作られたのか、最初は、そうだったのか。へえ、下働きみたいなこともなさるのだな」
「お好きなのですって」
「流石の、お師匠の奥方だ。とてもお優しい・・・」
「そうですねえ。・・・ほんと、その通りです・・・」

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 舞って紅 第十七話
「謡の間にて④~畸神語り 月見ヶ池の邂逅伝えの段」 

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 実は、このお話の中では、劇中劇であるお伝えはここで終わりです。
 続きは、いつか連載投稿されるはずの「惟月島畸神譚」に預けます。

 次回は、少し、アクティブに周囲が動き出す様子、また、クゥモの動きの方に話が移っていくと思われます。
 お楽しみになさってください。

 こちらの纏め読みは、このマガジンから、是非、お勧めです。
 よろしくお願いします。


この記事が参加している募集

#私の推しキャラ

5,376件

#古典がすき

3,945件

更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨