徒然物語20 いつか、正夢

「みなさん、急なお知らせですが、M子さんは明日引っ越すことになりました。なので、M子さんとは今日でお別れです。」

「ええ~」「急すぎ~」「なんで~」

クラスがざわつく。担任の先生がM子さんを壇上へ手招く。M子さんはうつむき加減で先生の横に立った。M子さんは小柄でメガネ、大人しい女の子であまり話したことはなかった。やはり大人しい4,5人のグループでいつも仲良くおしゃべりしていた印象しかない。

「M子さんは、お父さんの仕事の関係で急遽東京に引っ越すことになりました。みんなも驚いたと思うけど、今からお別れの挨拶をしてもらいます。さあ、M子さん。」

先生がM子さんの背中をちょんと叩いて促した。

「みなさん…いきなり転校することになって、ほんとうに…」

M子さんの挨拶が始まった。僕はまだ少し信じられなくて、テレビでよくやっているドッキリなんじゃないかと考えていた。
みんなが悲しみに暮れるころに、プラカードを持った校長先生と教頭先生が飛び込んできて、

「ドッキリ大成功~!」

と言って、先生も僕たちも、そしてM子さんも大笑いするんじゃないか?
来るなら早く来ないかな?でないとM子さん、本当に引っ越しちゃうけど…

しかし、ドッキリは一向に始まる気配がない。
校長も教頭も現れない。焦燥感が僕を支配し始めていた。
いよいよM子さんの挨拶は終わろうとしている。

あれ?このままでは本当にM子さんはーー

焦って思わず立ち上がろうとした瞬間、はっと目が覚めた。

なんだ、夢か。

まだ思考の鈍い頭で今まで見ていた夢を反芻する。

なんで小学校のシチュエーションだったんだ?僕はもう社会人なのに。
子供のころの夢なんて滅多に見ないのに。
それに、夢に出てきたM子さんは考えるまでもなく職場の同僚だ。クラスの女の子じゃない。思い返すと、今の姿そのまんまだったじゃないか…
僕は立ち上がって、どうするつもりだったんだ?転校が決まっているのなら、できることなんか何もないのに…

などと、自分が見た夢の馬鹿さ加減に嫌気がさして、思わず苦笑いがこみ上げる。

職場でもM子さんとはほとんど話したことはない。ただ、朝の挨拶とか、休憩所でばったり会ったときに世間話を交わすとか、帰り際に鉢合わせると挨拶をするとか、その程度。

なんで夢に出てきたんだ…?まあ、考えても仕方ないか。忘れよ忘れよ!

そう思い、出勤の準備を開始した。朝食を食べ終え、歯磨きをしていた時、先ほどの夢が頭をよぎった。

夢というものは、不思議なもので時が経つと思い出せないことがある。
しかし、今日の夢はなぜか印象に残り、ふとした瞬間にフラッシュバックした。

まさか、正夢か?

鏡で歯を磨く自分の顔を見つめながら、再び妄想が加速する。

まあ、仮に正夢になって、M子さんが今日急に退職したとしても、僕にはあんまり関係ないよなあ…

鏡の中の自分と目が合う。

昨日まで一緒に働いてたヤツが、急に辞めるなんてよくある話だよな。
昨日まであんなに元気だったヤツが、急に亡くなる話だって聞くし…

今まで多くの別れを経験してきたが、そのほとんどが突然だったのを思い返す。

僕が見た夢がもしも正夢で、今日M子さんが辞めるとしても、僕にできることは何もない。

うがいを終え、身なりを整え、玄関に向かう。
まあ、でもせめて今日は顔を見たら挨拶しよう。
正夢でも、そうでなくても、いつかの正夢でも。

僕は扉を開け、まだ薄ら寒い3月の空気を一身に浴びた。

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