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作品を通してサンエムカラーの美術印刷を語る:プリンティングディレクター&営業インタビュー

サンエムカラーといえば美術印刷。展覧会図録や写真集、作品集など、作品の美しさを伝える印刷物を多く手がけています。

色鮮やかな絵画を収録した図録に、階調豊かなモノクロの写真集。作品の魅力を再現する方法には、唯一の正解があるわけではありません。作品ごとの表現や求められる仕上がりによって、一冊ごとに異なる工夫を凝らしています。

今回はサンエムカラーでプリンティングディレクターを務める山根亮一さんと、営業部の小島竜平さんに、美術印刷の事例を紹介しながら、そのこだわりや制作の裏側について聞かせてもらいました。

プリンティングディレクターと営業の役割

——今日はサンエムカラーの美術印刷についてお話をお願いします。はじめにそれぞれの自己紹介を、ではプリンティングディレクターの山根さんから。

山根 自分ではあまりプリンティングディレクターと言わないようにしているのですが、主には画像処理をやっています。美術館やデザイナーの方の事務所にうかがって、打ち合わせや実物の確認をさせていただきながら、意図に沿って印刷の色を合わせていくという仕事です。

——補足すると、デザイナーやアーティストとコミュニケーションをとって作品の意図を紙面に反映させたり、製版・印刷の設計をしたりする、現場寄りのプリンティングディレクターという感じですね。小島さんはどんな仕事を担当されていますか?

小島 出版社や美術館のクライアントを担当しています。出版でしたら展覧会のカタログだとか、写真集が多いですね。
 美術印刷だからといって、他の印刷物とやることに違いはありません。求められる品質に応え、納品までスムーズに進められるようにすることが営業の仕事です。クライアントの要望をどのように印刷に反映するか、プリンティングディレクターや製版のオペレーターにしっかり意図を伝えて、より良い進め方ができるようにしています。


コミュニケーションを重ねてイメージを掴む

——それでは、サンエムカラーで印刷した作品を紹介しながらお話を聞いていきたいと思います。まずは、UNION PUBLISHINGの「UNION」ISSUE N° 18。美しく印象的な写真で構成されています。

「UNION」ISSUE 18/2023/UNION PUBLISHING
写真・アート・ファッションを軸に、時代を超える、タイムレスな美意識に基づいて
制作されているアートマガジン。今号では世界で活躍する10名のフォトグラファーの作品を収録。

山根 とても写真にこだわりがあるマガジンで、アートディレクターであるHiroyuki Kuboさんと、画像処理の段階から密にやり取りをして制作しています。作品ごとのイメージをすべて聞いてから製版のための調整をして、それを再度確認してもらって、さらに詰めていく。少しずつ理想に近づけていき、それから印刷するという流れです。
 最初の号からサンエムカラーで印刷していたわけではないのですが、写真集が好きなので、個人的に「UNION」の存在は知っていました。営業部から「こんな相談がきた」という話を聞いて、ぜひやらせてほしいと。Kuboさんは印刷立ち会いにも来られるので、本刷りを見て話しながら直に評価をうかがえるのも、自分にとってはありがたい仕事です。

——画像処理のやり取りでは、どんな話をされるのですか?

山根 写真のデータを見ながら話をしていくのですが、例えば自分の感覚からすると暗いと感じる写真でも、それは暗さを大事にしたい作品であるとか、目指す仕上がりについて1点ずつ確認していきます。
 この仕事に関しては見本となるプリントがないので、Kuboさんの頭の中にあるイメージを聞いて反映していく感じです。

——言葉を重ねて理想に近づけていく、コミュニケーションも大事な仕事なんですね。

繊細な再現性にこだわる展覧会図録の仕事

——次に、展覧会図録についてうかがいたいと思います。事例としてまず紹介したいのは、京都市京セラ美術館で開催された「上村松園」展の図録です。日本画の繊細なディテールや、華やかな色彩が目を引きます。

『上村松園』展覧会図録/2021/青幻舎
京都市京セラ美術館の開館1周年記念として開催された、近代の京都画壇を代表する
日本画家・上村松園の展覧会図録。最初期から絶筆に到るまでの代表的な作品110点を掲載。

小島 色合いや、繊細な線、柔らかな雰囲気の再現は特に要望があった部分です。

山根 サンエムカラーは高濃度印刷が得意なので、日本画の色彩は普通に印刷すると彩度が高過ぎたり、コントラストが強く出てしまう場合があります。上村松園の絵は鮮やかな印象もありますが、全体としては淡い色が多いので、色調には特に気を配りました。あとはやはりディテールですね。髪の毛一本一本が潰れないように、画像処理の段階から丁寧に調整しています。

——もう1点、金沢21世紀美術館で開催された展覧会「内藤礼 うつしあう創造」の図録はどのように進めましたか?

内藤礼『うつしあう創造』特装版/2020/HeHe
金沢21世紀美術館で開催された美術家・内藤礼の展覧会図録。展示空間を写真家・畠山直哉が撮影した、日中の自然光から明かりが灯る夕刻まで、時間のうつろいをも追体験できる一冊。

山根 この図録では、内藤さんのアトリエまでうかがって、実際の作品を見せてもらいながら色の調整をしていきました。
 キャンバスに青や赤など、いろいろな色彩がごく淡い色で重ねられた作品があるのですが、これを印刷で表現するのはかなり難しかったです。実際の作品でも、1メートル離れれば見えなくなるくらいのかすかな色で描かれていて、どうすれば紙面で伝わるかを試行錯誤して、社内でデジタルアーカイブやアーティストの作品制作に携わっている大畑(政孝)さんにも協力してもらいながら完成させました。
 他のページはFMスクリーンですが、このページは微妙なディテールまで再現するため、燦・エクセル・アート(サンエムカラーが独自開発した1000線相当の超高精細印刷)で印刷しています。

——写真家の畠山直哉さんが撮影した、臨場感のある会場写真で構成されていますね。図録であり写真集の側面もあります。

山根 内藤さんの展示は、日中は自然光で撮影されていて、天候によって作品の見え方が変わります。はじめは作品が際立つように明るく整えた方がいいのかとも思ったのですが、内藤さんの意図を聞いて、畠山さんが撮影したそのままの印象が伝わるように仕上げていきました。


プリントとじっくり向き合う写真集の仕事

——続いて、写真集を何冊か紹介したいです。その前に全般的な話として、写真集ならではのポイントや、特に気にかけることはあるでしょうか。

山根 作家によるプリントがある場合はそれに合わせるの合うのが一番いいのですが、印刷で100%合わせることはできないので、相談しながら進めていきます。モノクロ写真ならハイライトからシャドウにかけての階調表現や、黒の締まり。シャドウが潰れていないか、ディテールがきちんと出ているかには気をつけています。

小島 最近はデータ入稿が多いですが、データと手焼きしたプリントでは色味が変わってきます。データの色を画像処理でプリントに近づけていくこともあれば、プリントそのものをドラムスキャンでスキャニングした方が忠実な仕上がりになる場合もあるので、作品によって、そういったプロセスから提案することもありますね。

山根 プリントがない場合は、はじめに紹介した「UNION」のようにイメージを確認して詰めていきます。ターゲットがない難しさはありますが、ニュアンスを加えたり、思い切った調整をしやすいというのはあるかもしれません。

——プリントの有無でも、取り組み方が変わってくるのですね。では、サンエムカラーで印刷した写真集について聞かせてください。まずは石内都さんの『Beginnings:1975』から。

石内都『Beginnings:1975』/2018/蒼穹舎
40年の時を経て発見された、写真家・石内都の原点となる作品で構成された写真集。1975年に
撮影された金沢八景に、当時の通勤路などで撮影された作品を加えたモノクロ写真45点を収録。

山根 ポイントは先ほど話したように、黒の締まりとインキ濃度の高さ。あとはダブルトーンといって、墨とグレーの2色で印刷しています。

——モノクロの写真集では、このように2〜3色のインキが使われていることがありますよね。

山根 特色のグレー版を加えることで、プリントの色味に近づけたり、豊かな階調を再現することができます。基本はダブルトーンが多いですが、たまにトリプルトーンや、ものによってはそれ以上の色数を使って印刷する場合もありますね。

——次に、津田直さんの『Elnias Forest』について聞かせてください。森と人々、大地と生き物、リトアニアに息づく景色をまとめた、静謐な空気を感じる写真集です。

津田直『Elnias Forest』/2018/handpicked
歩くことを通して、自然と人間との関係に向き合い続けてきた写真家・津田直。
バルト海に面する美しい小国リトアニアへの旅を重ねながら、4年にわたって撮影された写真集。

山根 津田さんとも打ち合わせから入って、一緒にプリントを見ながら方向性を決め、そこからはプリントと向き合いながらの格闘です。一通りまとまったところで校正を出して、再度プリントと照らし合わせながら赤みを足そうとか、紙を考慮した調整も加えていきました。
 用紙はデザインに合わせて決まっていることが多いので、その紙に合わせた発色も考えていかなければなりません。

——最後に、今年発売された小野啓さんの『私のためのポートレイト』は、高校生を被写体としたポートレートシリーズの集大成です。高校生たちの「そこにいる」という力強い存在感に惹かれます。

小野啓『私のためのポートレイト』/2024/青幻舎
写真家・小野啓が2002年から続けてきた、日本全国の高校生を被写体とした肖像シリーズ。
『青い光』(2006年)、『NEW TEXT』(2013年)から続く3冊目であり、シリーズの集大成

山根 これもプリントに合わせて調整していますが、特に小野さんが重視されていたのは、肌の質感ですね。

小島 プリント独特の質感というのもあって、印刷は全体的にシャープに出てしまうので、プリントの自然な滑らかさを画像処理で表現するのはけっこう難しいんです。

山根 日本ではプリントに光沢紙が使われることが多く、その状態で見た印象に近づけるのも、実は苦心するポイントです。この本はコート系の紙に印刷していますが、それでも印画紙の光沢とは異なりますし、マットや上質系の紙を使う場合はさらに大きく印象が変わってきますから。

美術印刷への情熱を受け継ぐ

——今日はいろいろな作品を通して話を聞いてきました。こうしたサンエムカラーの美術印刷を支えているのは、どんなものでしょうか。

小島 やはり根っこにあるのは、創業者である会長の熱意ですね。製版から印刷まで高い品質を実現できる現場を築いてきたからこそ、営業が自信を持って提案できるというのがあります。

山根 美術印刷にかける情熱は、常日頃から目の当たりにしてきました。今でも現場に顔を出して、厳しい目で品質をチェックしていますし、FMスクリーンの導入や高濃度・高精細の追求にもつながってます。

——そうですね、その精神がサンエムカラーのこだわりや、新しいことにチャレンジする動きにも受け継がれていると思います。ではインタビューのおわりに、それぞれにとって印刷を仕事にするやりがいや面白さを聞かせてください。

山根 私は写真が好きで、写真集を見るのも好きなので、写真家の皆さんやデザイナーの方々の手伝いができることが光栄だと思っています。作品を完成させるまでの一翼を担うことができて、それで喜んでもらえるようなものが作れたら嬉しいですね。

小島 写真集や作品集の仕事は、作家さんにとってこれまでエネルギーを注いで作ってきた作品を一冊にまとめる機会ですから、皆さん強い想いを持っておられます。プリントに忠実に合わせるといったこともそうですし、より良い印刷物にしていくために、最善の方法を探っていくのが私たちの仕事なんじゃないかと思います。
 その上で、展覧会でたくさんの人に手に取ってもらったり、重版がかかったりして「売れたよ」と言ってもらえるのが私にとってはやりがいです。いいものを作って、クライアントにとっても利益になる、それが理想だと思っています。

取材・執筆:野口尚子(PRINTGEEK)
インタビュー撮影:隅野真之介(サンエムカラー)

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