いつかのメリークリスマス(後編)
職場の最寄り駅の構内を抜け、反対口に出て、さらに戸名くんはスタスタと歩き続けて、小さな路地に入ったところで止まった。
「じゃあここで」
焼き鳥居酒屋「三太」。
「は?クリスマスイブに焼き鳥屋?」
「だめ?クリスマスと言えば鶏肉だろ」
はぁ、何かもっとオシャレな..と言いかけたが、別に恋人でも何でもないしと思い直した。
お店に入ると焼き鳥のいい香りがした。
私たちは二人席に向かい合って座る。
「生でいい?」
あたしを何だと..?と思いながら「生で」と答える。
戸名くんはツクネだのカワだのテバサキだの、すいすいと適当に注文する。
サラダは?と訊かれ、あーうん、と言うとシーザーサラダを頼んでくれた。
話題はだいたい仕事のことで進んでいく。
と思ったら、いきなり直球が来た。
「恋人いないの?」
「いたら今日は恋人と過ごすでしょ」
「まぁでも相手が仕事とかさ」
「それでも別の男とごはん行かないでしょ!」
「まぁ、そうだな」
その後ちょっと沈黙があって、彼は私を見つめた。
私は何か恥ずかしくなって、話題を変える。
「トナくんて、下の名前なんだっけ?」
「あー名前?」
「うん」
「快」
「かい、君か」
私はだいぶ酔いが回ってきた。
時間は22時を回り、お腹も満たされてきた。
「行くか」戸名くんが言って私たちは店を出る。
駅までの道、私はモスグリーンのロングコート、戸名くんは茶色のハーフコートで、今度は隣どおしでゆっくりと歩く。
賑やかな街を抜けながら、私はちょっと嬉しくなる。
駅の構内に入る。
「ありがとう」と戸名くんが言った。
「え、いきなり何か真面目じゃん」
「付き合ってよ、また、飲みに」
一瞬どきっとした。
え、あ、飲みにね。
「うん」私は短く答える。
じゃ、と言って別々の改札に向かう。
何か言い忘れてるな。
私は振り返る。
「ねぇ!!!」
彼も振り返る。
「メリークリスマス!」
口元が緩み、彼はあどけない笑顔でポケットから手を出し、小さく手を振った。
クリスマス、ね。
私は少しニヤニヤする。
ふいにアルフォートをくれた課長の笑顔を思い出す。
ぶるっ。
私はコートをぎゅっと体に押し付けて改札を抜ける。
(終)