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ささやかなひかり vol.1
年の瀬。 Chromebookでこれを書いている。 先日チャレンジした、ことばと広告さんの企画、 #モノカキングダム 僕がエントリーしたお話は、 -- 「お父さんは?」 中学校は…
今夜、ファミレスの片隅で。
22時。
もうかれこれ1時間も彼は私に喋り続けているのよ。
私はうんうんと相槌をうちながら聞いているけど半分以上は頭に入ってないわ。
どうしてこの人はこんなに喋り続けられるのかしら?
たまに「そうなんだ」とか「フーン」とか言うと話を聞いている風に見えるでしょ?
だからそんな片言の言葉を織り交ぜてるの。もちろん、半分以上、聞いてないけどさ。
「どう思う?」
ふいに彼はカウンターを入れてきた。
辛いなぁって言わせてあげよう。
塾に行かれない。
習い事に行かれない。
視力が悪くてもメガネが作れない。
黒板が見えずらい。
親はダブルワークで疲れ果て、子どもの勉強をみてあげられない。
勉強が分からなくなる。
部活のユニフォームが買えない。
ひとり体操着で大会に出る。
恥ずかしい。
どうして私だけ、と思っても、そんなことお母さんに言ったらお母さんを苦しませるから、歯を食いしばって我慢する。
そうして学校に居場所がなくなる。
ブレイディみかこさんのお薦めコラム
ブレイディみかこさんのコラムがWedgeに掲載されていて、読んでいたらいろいろと考えさせられました。
テーマはジェンダーとエンパシー。
アイスランドには、女性のストライキというものがあるらしい。女性が一日、仕事も家事も放棄するというのだそうで。
女性が働かないと新聞の厚さが半分になるそうで。
女性が家事をしないと、男性がスーパーマーケットで調理が簡単なソーセージを買うので、売り切れるそうで!
動いている心を掴んで。
1億円の寄付も、100円の募金も、その寄付という行動の中に循環している、社会を変えてどこかの誰かを助けようという温もりは同じ。
数百円や1,000円、2,000円の寄付の中で流れている利他の心。
その心が社会を変えているという温かい事実。
何億円というクラウドファンディングは目立ちますね。
ものすごい金額を寄付している人もいるでしょう。
本当に素晴らしいこと。
気をつけないといけないと思
プーランのパン屋さん日記〜何かをわすれてしまいそうで。
季節が冬から春に変わる時、少しだけこころがゆらめく。
いれかわっていく。
そのいれかわりのせとぎわで、何かをわすれてしまいそうで。
ゆらゆらゆらめきながら、でもあたらしい季節が始まる、ちょっとほっとする感じがする。
でも季節のいれかわりはどこなんだろう。
いつもわからないうちにいれかわっていく。
ちいさな子がお店にはいってきた。
「いらっしゃいませ!」
その子は、にこっとうなずいて「あんぱん
自分のここがだめだ、とか、あの人はここがちょっとね、とか。
あらゆることはプラスのエネルギーに変えられる。
そのために心が安定していることが必要かもしれないけど。
悲観的な発想を、今日を最後に捨てよう。
自分のここがだめだ、とか、あの人はここがちょっとね、とか、絶対うまくいかないとか、また嫌なことが起きるかもとか、
それは全部はポジティブに言い換えられるよ。
自分はここを今がんばってるとか、あの人のそういうところが実は大切な部分なのかもね、とか、もしかした
心配ごとはなぜ的中するのか?
心配ごとの9割は起こらない。
とよく言われる。
確かにあれこれ心配を重ねて悩んだ挙句、杞憂に終わることも多い。
とは言え、心配ごとがいつもズバリ的中して、はぁぁ…、と重い溜息をつく人がいる。
この違いは何なのか。
心配ごとの9割は起こらない
と、
心配ごとはなぜか的中する
このふたつにおいて、起きていることは実は同じである場合が多い。
それを「心配ごと」としていたのもその人で、「心配ごと」が起き