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真夜中に女中部屋に轟くピーッ

女中部屋。
日本に育つと聞きなれない言葉だと思う。わたしもアルゼンチンに行くまで知らなかった。

現在の、国民の半分が貧困層、インフレ200パーセント超えというアルゼンチンの現状を思うと、信じられないような話だけれども、その昔、アルゼンチンは経済大国で非常に豊かな国だった。
その頃の裕福層のお宅には住み込みの女中がいて、その部屋は大抵の場合、台所のすぐ横にあったのだ。
ブエノスに住んで居る間に伺った歴史あるご邸宅では、実際、そんなお部屋を垣間見た。

さて、もちろん北海道の我が家に女中の為の部屋があるわけではない。
わたしが実家に戻ってから掃除して自分の部屋に誂えた場所が、いわゆる女中部屋に位置している、という話。

前置きが長くなった。

ある夜、眠っていたら、「ピーーーーーっ」と音がする。
夢か?
違うな。
動物の声?(山奥なので珍しくない…)
違うな。
外か?
いや?
目をつぶったまま、いくつか問答したのちに、この音は台所だと分かった。

がばちょっと起き上がって、ドアを開けたら、アルツハイマーの母がコンロの前に立っていた。
ピー音は、ヤカンの沸騰音だった。
もう長いこと沸騰していたみたいで、台所の窓が湯気で曇っている。

母はぼーっとしている。
台の上にはお椀が7つ。昨晩の残りの餃子と乾燥油揚げがそれぞれに入っていた。
何かを作ろうとして、お湯を沸かしながら電池切れした、と見受けられる。

なぜに器が7つなのか?とか、餃子にお湯を注いで何ができるのか?とか、つっこみポイントは多数あるけれど、もちろん本人が定かな意図を説明できる訳も無い。

何をしているの?と声をかけて、今は寝る時間だから誰も食べる人はいないと諭して、念のためお腹が空いているか聞いてみる。「空いていない。」と言うし、寝むれそうか聞くと「寝る。」と言うから、ベッドに寝かしつける。

母の寝息が聞こえてくるまで、なんだかその場を離れられなかった。
こんな風に母が夜中に何かを始めたことは初めてで、わたしも動揺。
この気持ちはショックと、落胆と、未来への不安も、かな…。

いやいや、音に気付けて、危ないことにならなくてよかった。
女中部屋でよかった、と言いたかったんです。今日は。

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