2.「犬笛」に踊る実態の見えない〝応援団〟
モチーベーションは怒りと恨み?
1.本件控訴を棄却する
2.控訴費用は控訴人の負担とする
12月13日、広島高等裁判所第202号法廷。
裁判長が定型の判決を言い渡し、石丸伸二安芸高田市長の控訴が棄却された。その間たったの数秒ほど。そのそっけないまでの時間が、この控訴審の意味の希薄を伝えていた。
一審で敗訴した被告の石丸市長は控訴したものの、9月27日の控訴審では即日結審。それは、あらたな証拠もなく第一審を覆せるだけの控訴理由も提出されず、審理の余地も必要もなく第一審の判決がそのまま支持されたことを意味していた。したがって、石丸市長の控訴が棄却されることは誰もが予想していたことだった。
その日、開廷予定時間であった午後1時15分の1時間あまり前には裁判所に着いていた。入廷できない事態を回避するためだったのだが、その心配は杞憂に終わった。正面玄関でセキュリティチエックを受けて入棟してすぐに案内カウンターに向かい「整理券は…?」と問うと、「きょうは整理券を配るような裁判はありませんよ」係員にそういわれた。何か肩透かしを食らったような思いだった。
北棟を二階にあがり202号法廷前のベンチにひとり腰を下ろすと、長大な廊下に人の影はなかった。携帯を取り出してSNSのチェックなどして時間をつぶす。ときおり事務方の女性が早足に通り過ぎたが、コツコツと響く靴音がかえって静けさを際立たせるようだった。
その間、釈然としない気持ちに襲われていた。石丸市長を称賛する、あるいは彼が敵に見立てた人物をコケにし笑い者にする動画をアップすれば、たちまち数十万の再生回数が取れる。ものによれば数百万回を数えるものもいくつかあるようだ。
彼が発信のツールとして使っているX(旧ツイッター)のフォロワーは25万人以上。ひとつポストを投稿すれば数十万、時には100万を超える表示がある。
そのどちらにも「利権渦巻く旧態依然とした体制を刷新してくれる旗手」として彼を持ち上げ、また応援するコメントが目白押しだ。(もちろん「敵」を誹謗中傷する悪罵も含めてのことだが)
その何十万、何百万人の〝応援団〟のうちの誰一人として、その〝ヒーロー〟の判決を心配し、審判を見守ろうという気持ちを持ち合わせてはいないのか?
石丸市長の勝訴を信じて駆けつけるものはいないのか?
彼らはただネットで面白いネタを見つけて騒ぎ、ゲームのように楽しんでいるだけなのか…?
そのうち法廷マニアか、やや肥満気味の大男がやって来て黙々と壁に貼られた開廷表をメモ帳に筆記しはじめた。声をかけてみようかと思ったが、真剣にメモしている様子に気圧されてタイミングを失してしまった。
しばらくすると、棟の反対側から大学生然とした若い男が姿を見せた。彼は廊下に並ぶ開廷表を物色しながら、こちらに歩いて来る。どうやら法廷マニアらしい。彼はやがて202号法廷の前で足を止めて開廷表をのぞき込んだ。そして納得したように、ひとつ席を空けて私の隣に座った。
「法廷マニアですか?」
「きょう初めてなんです」
「なんでここに?」
「石丸市長の事件は知っていたので…」
「そうだったんだ」
「でも詳しい内容は知らなくて…」
社会勉強のために、これからいろいろ見て歩きたい、と彼は意気込みを静かな口調で語った。
「その最初の傍聴が、ショボい首長の請負代金未払い事件の判決言い渡しでは寂しいね」
「今日はこれから、幾つかまわりますから…」
どこの地方かは敢えて訊かなかったが、彼はある自治体の職員に内定しているという。
「変わった人物が首長でないところであることを祈るよ」
開廷前になって法廷前の廊下には、メディア関係者、数人のマニアがたむろするようになっていた。そして私と大学生を含めて10人ほどが入廷し傍聴しただけだった。結局、石丸市長を支持する応援団の姿は、誰ひとり見かけなかった。
この裁判では、被告の石丸市長は原告がポスターなどの印刷料金を公費負担額の範囲内で収めることで両者合意していた、と主張していた。しかしその契約がなされていなかったために、言った言わないの水かけ論になってしまった。事前に見積書を取るなり、希望額を提示していれば何の問題もなかったのだ。それをしていなかったという落ち度が、被告の石丸市長側にあった。
また、一審でも裁判官が認めたように、請求された印刷代金は正当なものだった。彼が支払わないでいい理由はどこにもない。その非を認めて支払いに応じてさえいれば済むことであり、また一般常識からすれば、そうして収まる事案だった。それを拒みつづけて裁判沙汰にまで発展させてしまったところに、彼のユニークさ、皮肉を込めていえば何人もしないことを敢えてする〝革新性〟を見て取るべきなのだろう。
石丸市長は京大卒のエリート銀行マンだったという。市長選に立候補するまでは、ニューヨークに4年半駐在して経済アナリストとして活躍していたらしいのだ。その経歴からすると、あの契約国家アメリカでビジネスの最前線で仕事をしていながら、なぜこのような〝稚拙なビジネス〟をしてしまったのか、にわかには信じられない。また、そんな彼のキャリアを疑わせかねない今回の裁判沙汰を、勝ちも見込めないまま続けていることに、異様な自尊心とともにある種の幼稚さを認めるのは自然なことだろう。
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