見出し画像

【水星人語】ホテルに生まれ変わる近代建築

本マガジン「水星人語」は、水星スタッフが気になっているトレンドや気になっていること・興味深いムーブメントについてのエッセイを思うままに書いていきます。休憩中にコーヒー片手にご覧くださいませ。

ホテルに生まれ変わる近代建築たち

今回は、近年よくニュースでも目にするようになった「著名建築家による建築をホテルにコンバージョンする事例」について記そうと思います。

名建築と言われるホテルは数多くありますが、元々ホテルとして計画されていない建築がホテルへと用途を変更し改修(コンバージョン)されるケースを最近よく目にします。(皆様はどうでしょうか?)数あるそうした事例の中から個人的に印象的だったものを紹介。また、こうした動きが意味することについて考えてみます。

今回は、3つの施設をご紹介します。

コルゲートハウス

最近話題になっていたのが、設備設計者の川井健二氏自邸であったコルゲートハウスが宿泊可能となったことです。愛知県豊橋市にあるコルゲートハウスは、外観の意匠のインパクトも大きいですが、川井氏によってセルフビルドで作られた自邸ということにも驚かされます。セルフビルドと聞くと、直感的にはヒッピー的なものというか、ありあわせの木材を使いながら作られたジブリのような建物を連想しないでしょうか。

設計は1966年、60年近く前の建築です。築60年と言われてもピンとこない、現代の感性から見ても古さや新しさといった尺度を超えた建築です。

川井は日本建築界の巨匠・丹下健三の建築を支えた設備設計士です。丹下氏は広島記念公園や東京都庁舎など、戦後日本社会において極めて重要度の高いマスターピースを手掛けてきた、社会そのもののあり方を建築によって提起した建築家です。また東京計画1960など、都市計画・土木インフラにも繋がる巨大スケールで絵を描くことのできた人間でした。そんな彼と共闘しつつ、川井氏の自邸は丹下的なマスタープランニングとは真逆のセルフビルド、またインフラからも独立した住宅で、ある種対極的です。

セルフビルド的な指向、インフラ依存との向き合い方、そうした姿勢は現代社会でも問われるサステナビリティの思想とも関連性が深く、それを60年近く前から構想・実践を行った作品です。これに泊まることができることは大変な意義のあるものだと思います。

川井氏は設備設計士であるわけですから、この建物がどうやって自律しているのかであったり、ひとつひとつの素材の選定といったディティールにも思想が込められているはずで、この建物に泊まることで、その思想を存分に味わってみたいです。

TIMELESS COURT IZU

また、静岡県伊東市のTIMELESS COURT IZUという施設も、ぜひ訪れてみたい名建築です。元々はエースプラザという名前が付けられていた、企業の研修施設がこの度ホテル(正確には分譲型ホテルレジデンス - 1室単位で不動産として購入したお部屋をホテルとして貸し出すことのできる運用型商品形態になっています。最近このスキームもよく目にするようになりました)として生まれ変わっています。

建物は1990年竣工、建築家の新居千秋氏による設計です。私が個人的に敬愛する建築家によるものなので、この建物の生まれ変わりは大変嬉しく思っています。

新居氏は近代建築界の巨匠であるルイス・カーンのお弟子筋にあたる方で、横浜の赤レンガ倉庫などの設計で広く知られています。その作風は近年もどんどん進化を続けており、「大船渡市民文化会館・市立図書館/リアスホール」や「新潟市秋葉区文化会館」を見ると現代建築界のトップランナーであるザハ・ハディド・アーキテクツに勝るとも劣らない複雑な多面体構造を美しく形にしており、驚かされます(これが市民とのワークショップの開催を繰り返して作られていくのだから恐ろしい)。

TIMELESS COURT IZU、旧エースプラザは直接空間を訪れたことはないのですが、写真を拝見すると西洋建築の歴史をオーセンティックに継承するシンメトリーな空間構成で、その中心に位置しているドーム空間(世界遺産にも登録されるルネサンス期の名建築、ラ・ロトンダですね)が印象的です。空間構成から歴史を引き継ぎつつ、鉄骨で多面体を構成するクールな意匠は現代的なものとなっています。

TIMELESS COURT IZUは外観や空間構成要素を可能な限り残しながら、客室は上質で落ち着いたホテルステイが叶うような丁寧な素材があしらわれたり、プールを新設するなどして、この建築を現代に引き継いでいます。

歴史的な建築物の保存・継承という話を聞くと、ありのままの姿を残し続けることが正しい姿と考える方もいるかもしれませんが、個人的にそうは思いません。建築は建築で独立した価値・美しさはありつつも、やはり利用する人があってのものだと思います。

カプセルハウスK

建築家・黒川紀章氏によって設計された別荘カプセルハウスKも、戦後日本の前衛的な建築ムーブメントであった「メタボリズム建築」の実作として、世界の他に類を見ない建築ですが、これが一棟貸しの宿となっています。

大都市だと生活の構成要素は家でなく街にある。例えば応接間はカフェにあり、仕事場はオフィスにあり、冷蔵庫さえもコンビニにアウトソースできます。カプセルはそうした大都市の時代における居住の場を定義する最小限の空間で、このカプセルを積層し、大都市の動き(人口の増減や設備改修)に合わせてカプセルを増やしたり、交換したりすることでこの時代の建築のあり方を示した名作中銀カプセルタワー。この名作と同じカプセルが使われ、自身の別荘として使用されていた空間がこのカプセルハウスKです。

中銀カプセルタワーは今は老朽化の影響で解体、ただしカプセル単位で全国各地へ移転が進んでいるというメタボリズム - 新陳代謝をこういった形で体現していくのかと驚かされる建築ですが、この空間スケールや体験を感じることができるのがこの宿泊施設です。ただ1カプセルのみの建築でなく、複数のカプセルを積層させ繋ぐことによってオンリーワンの空間構成を生み出し、宿泊施設としての機能を形作っています。

考察

日本の経済成長の時期に作られた、思想からそれを落とし込む意匠・素材までこだわり抜かれ、思想的にも物質的にも贅沢な建築。近年は人口減少や財政難といった課題から、その維持管理にどこの施設様も難しさを感じられていると思います。その結果、残念ながら解体となってしまう建物も数多く生まれてしまうのが現状です。そうした中で、こういった財産をホテルとすることで新たな生命を吹き込み、未来へと引き継いでいく取り組みにチャレンジされている事業者の方々全てに、1人の市民として、建築ファンとして敬意と感謝を表したいと思います。

また、ホテルとなるということで大きく変わることは、より多くの方へ開かれるということです。コルゲートハウスやカプセルハウスKは元々住宅、旧エースプラザは研修施設です。施設の使われ方として、訪れたいと思ってもそれを叶えることが難しいものでありました。

それがホテルとなって生まれ変わるということは、自分も宿泊することで施設の空間を体験できるということ、加えてこの行動によって微力ながらも施設へと経済的に還元することが叶い、それが施設の維持管理に繋がります。

今回紹介したようなポストモダニズムの建築は、これから作ろうと思っても作ることができない空間であるでしょう。そうした建築を「ある一つの時代に作られた贅沢品で、今は負担の大きな負債」と捉えることから乗り越え、これからの数少ない成長産業である観光業と掛け合わせることで、未来へと紡いでいくことができればいいなと思っています。

よろしければ、ぜひサポートをお願いします💘いただいたサポートはホテルのさらなる満足度向上のために活用させていただきます🙇🙇