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瀬尾まいこ『そんなときは書店にどうぞ』|第十七回 こんな時間が続けばいいのに

書店員さんのお仕事は重労働、本当に大変です。
でもなぜ書店員さんは頑張り続けるのか、その理由の一端が見えるような、“瀬尾まいこ一日店長を務めた日“の一部始終をお届けします。

「瀬尾まいこ応援書店」で一日店長

2024年1月下旬、 M書店さんで一日店長を務めさせていただきました。

そこの書店さん、昨年から「瀬尾まいこ応援書店」になってくださっていて、入口とさらに奥に二つもの棚を使い、私の本を置いてくださっているんです。

先日夫に偵察に行かせたところ、まだ瀬尾まいこコーナーがあったというではありませんか。

ありがたい。

でも、大丈夫だろうか。

私の本など奥に引っ込めて、今なら本屋大賞関連本を大きく展開されたほうがいいのではと余計な心配をしてしまいます。

そして、応援書店になってくださった際に、一日店長券をいただきました。

しかも、娘に副店長券まで。

これはめったに手に入らない代物。

メルカリで売ろうかと思いましたが、なんとか踏みとどまりました。

ただ、こういうイベントって行くほうはうきうきですが、迎えるほうは大変ですよね。

準備に後始末はもちろん、素人に来られたら足手まといでしかない。

店長はノリノリでも、ベテラン書店員さんやできるバイトさんが「マジでだるいわ」と思うのがあるあるです。

ところが、M書店の方々、一人残らず寛大で楽しい人で、いつでも笑顔で迎えてくださるんです。

だからこそ、お客になってはいけない。真剣に働くのだと、当日は家からエプロンを着用してまいりました。(周りから見たら、料理途中にこっそりレシピ本を見に来たおばちゃんにしか見えへんかったやろうけど。)


当日お店に伺うと、入口は、「瀬尾まいこさん来店」と風船や花などで素敵に飾ってくださっていました。

お手数をおかけするために行ったわけじゃないのに。

「これは、たくさん売らないと」と私はなおさらやる気に満ち溢れました。

まずは店頭で、「本、たくさんありますよ」「どうぞ見て行ってくださいね」と呼び込みをしたのですが、K店長に、「店の外、ショッピングセンターの敷地になるんですよ。ここまでがギリです」と言われ、店内にすっこむことに。

それでは中でと、お客様に「その本、いいですよね」とお声掛けをしたのですが、静かに去られてしまいました。

お声掛けのタイミングって難しいですよね。

もっと自然な感じでいかないとなと、次は絵本「パンどろぼうシリーズ」をご覧になっている方に、「それ、私も読んでます。おもしろいですよね」と、柔らかな声音で挑戦。

今度はお客様がお顔をあげてくださいました。

これは売れるチャンス! とドキドキしたところ、「この本、どこまでそろえてるかわからなくて」と相談されました。

どうやろう、それは一緒に住んでへんからわからへんな。

「えっと、にせパンどろぼうくらいまでお持ちっぽいですよねー」とわけわからん返事しかできませんでした。

もしお近くやったら、お家の棚見てきます! と言いたいところでしたが、お互い「てへへ」と笑って終わってしまいました。

本って、こちらから声をかけて買ってもらうことはあんまりないですよね。

一人でゆっくり選びたい方がほとんどでしょうし。

「その本、気になっちゃいました? 私も同じの、家にあるんです。装丁も鮮やかでお顔映りもいいと思いますし、何とでも合わせやすい、持っておかれて損はない1冊です」とか言う機会ないですもんね。

店内放送も使わせていただけたので、「今ワゴンで手帳が割引中です」と言った後に、こっそりワゴンを見にいきましたが、誰も反応してませんでした。

私、教員時代、卒業式の司会を任されるほど滑舌には自信があってんけどな。


私の本を全部持ってる人に会えた

結局、ほとんどの時間、自分の本を売っておりました。

私の本で悩んでくださっている方には、ここぞとストーリーを解説しました。

「めっちゃおもろいです!」言うてる自分に恥ずかしなったわ。

けれど、今この人にはこの話を読んでほしいな。そういうお気持ちの時には気軽な感じのこっちがいいかなとおすすめできたのは、いい体験でした。

たまたま書店前を通りがかって、「え? 瀬尾さん、うそー。全部持ってる!」って言ってくださった方もいました。

そんな人と偶然会える?!

そもそも、私の本を全部持ってる人、全国で数名やのに。これは書店の神様のおかげでしかありません。

さらには「瀬尾さんの本、めっちゃ好きなんです」と興奮してくれる小学生の子がいたり、中学生の子が、「うわー」って顔輝かせて何冊も買ってくれたり、追い込み時期やのに買ってくれる受験生の子がいたり、若い世代の方に喜んでもらえると胸を動かされました。

もちろん、大人の方々にも感謝です。この際だからと全種類購入してくださった方。家にもあるんですけどと言いつつ買ってくださった方。大事に選んでくださった方。読んでみますと初めて手に取ってくださった方。

どんなお気持ちもうれしいです。

まだ幼稚園の女の子と一緒に来てくださって、娘さんとお姉ちゃんにと買ってくださったお父さんもいました。

まだ読まれへんよねと内心思いつつも売ってしまいました。

ごめんなさい。

いつの日か喜んでもらえることを祈ってます。


唯一、書店員らしいことができたのは、マジックを探されてるお客様に「このあたりです」とお教えしたこと。

でも、その方、後で私の本を買ってそのマジックと一緒に「サインください」と差し出されました。

私、マジックは持参してたんです。

サインに使いはるんやったら、「マジックなんぞこの店では一切取り扱っておりません」と言うたのに。

すみません。


書店で働く魅力

2時間ちょい働き、バックヤードに戻った時、娘はぐったりしてました。(でも、補充が楽しかった。またやりたいと喜んでました。)

書店員さんは、基本立ち仕事ですよね。

目と心をあちこちに配らせ、突然の質問に答えなきゃいけないから頭もフル活動。

本当にたいへんなお仕事です。

私も少し働いただけで疲れ切り、家に帰るや否やM書店の文芸担当の方からいただいた入浴剤を入れたお風呂で温まり、早々に熟睡いたしました。


本を売るって、つくづく難しいです。

声をかけたり、セールをしたりはほぼなくて。

まずは中に入ってもらう。手に取ってもらう。そこからなんですよね。

そのためにPOPをはじめとする、様々な仕掛けや企画を一生懸命にされているのだと改めて思い知りました。


さて、数日後、K店長からメッセージをいただきました。

そこには、
お客さまの喜ばれたり驚かれたりする姿を目の前で拝見できてとても幸せでしたし、ずっとこの時間が続けばいいのになぁーと本気で思いながら過ごした一日でした。準備も含めてワクワク続きの数日間でした。
と書かれていました。

誰かが喜んだり驚いたりする姿が、私も大好きで、それこそが執筆への大きな原動力です。

本の世界へ読者の皆さんをみちびいてくださる書店員さんも、同じものをエネルギーとして動かれているんだと知りうれしくなりました。

そして、「ずっとこの時間が続けばいいのになぁ」という店長のお言葉。

大人になっても、何回も何回も感じていたい気持ちです。

「ずっとこの時間が続けばいいのに」

その言葉が言えるよう、そして誰かに言ってもらえるよう、作品作りに努めたいと思います。

小説を書く人も、本を売る人も、読者の皆さんの喜ぶ姿が、働く原動力になっている。
水鈴社は、読んだ人も幸せになるような本をもっともっと出していきたい、そう思います!
次回は5月23日(木)21時更新です。


瀬尾まいこ(せお・まいこ)
一九七四年、大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒。二〇〇一年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年、単行本『卵の緒』で作家デビュー。二〇〇五年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、二〇〇八年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞、二〇一九年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞した。他の作品に『図書館の神様』『強運の持ち主』『優しい音楽』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『君が夏を走らせる』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『私たちの世代は』など多数。

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