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限りなく透明な真実〜Calvin Klein"Truth"~

香水の出会いは様々ある。もちろん一番あるのは店頭で試した時の出会いだが、いわゆる「ブラインド買い」をする時はもっと面白く、その際は私はレビューサイトを見て、そこにある似たような香りという欄を必ずチェックする。今回の香りはまさにそのようにして出会った一本である。

「カルバン・クラインの香水」というと、個人的に真っ先に思い浮かぶのは『ck one』である。誰しもがたぶんティーンの時に嗅いだことのある香り、私はその一人だ。ただそんなに好きでもない香り、それは私が悩める10代だったからというのも要因だろう。いずれにせよ、クラインの香水はこれまでそこまで好きではないし、気にならなかった。だが「カルバン・クラインの服」というと話は別だ。特に90年代は。

たしか僕の高校の『ck one』の広告はこれ


私がクライン、特に90年代のクラインに魅了されたのは母からキャロリン・べセット=ケネディを知ってからだ。彼女のクールでアーバン(もはや死語か)なスタイルは私の大好きな女優グレース・ケリーを思わせ(そして彼女たちの悲劇的結末も)、リアル世代ではない私でも魅了された。そんな彼女が広報をしていたクラインのスタイルはまさしく知的かつクール。だが、共に知ったck jeansは90年代当時のティーンらしさというか、ストリート寄りで私は好きになれなかった。

ショートカットにミニマルな服、まさに90年代(Calvin Klein 96SSより)

ちなみに私は90年代生まれだが、子供のころに見ていたドラマに出てくる登場人物の服装、特にダウンが嫌いな子供で、またスポーツウェアのような服装が嫌いだった。例えば当時だとポロスポーツ、親に着せられてその化繊のシャカシャカ音が嫌いでむしろクラシカルな、チェスターコートに憧れた。そんな幼少時代を経ているからこそ、『ck one』は好きになれなかったのかもしれない(既に下着だけでも美しい10代を失った現在の私にとってはck jeansはノスタルジックさも含んだ憧憬でしかないが)。

このブルゾン、持ってましたし嫌いな服でした


また90年代のクラインというとべセット=ケネディもだがケイト・モスの存在も重要だろう。ck jeansで見せる姿とは別の、無垢さもありつつどこかウェッティなモダンなセンシュアルさはケイトならではだった。アルマーニ御大はそのスタイルを自らのブランドの二番煎じと、そして述べ「下着ブランドのくせに」と揶揄したが、それでもアルマーニとは違い、下着ブランド故の皮膚感覚に近い印象があると思っている。

こちらもドリームショット

さてそんなミニマルなスタイルが続いていたクラインから2000年、ミレニアムに生まれたこの『Truth』はThierry Wasser•Alberto Morillas•Jacques Cavallierというドリームチームのもとで生まれた。今では考えられない夢のような作品はメンズも作られたが双方売上が悪かったそうで、今では廃盤である。しかしながら昨今の90年・00年代ブームに沿って、またカイエさん曰く再度注目すべき香りとのことで手にしてみた。


《ボトル》

ボトルのデザインは横たわった女性からインスパイアされたというセンシュアルだがモダンなデザイン。それは例えば物議を醸した95年のck jeansの広告とは違う、大人びた洗練された印象を受け、まさに「カルバンクライン」と思わせるがシンプル故に、例えばこれより前に発売されている『Contradiction』のボトルと比べると少し物足りなさも感じる。

後ろ姿が美しい


《香り》

つけたてはベルガモットやバンブー、また柑橘等による爽やかな青臭さを感じるが、それは家の庭やまたセントラルパークではなく白を基調としたシンプルでクールな印象のオフィスの入口に飾られている観葉植物を思わせ、良くも悪くも人工的でメタリックな印象を受ける。そこからミドルのサンダルウッドの甘さのあるフローラルの香りへと移行していく。その花々ももちろんクールなオフィス、今度は重役専用の部屋に飾られている花々、といった印象だろうか。そこまでは非常に良いのだが、この後のラストノートへの移行でガラッと変わる。ラストノートはムスク・アンバー・ヴァニラと甘さのあるオリエンタルノートなのだが、これがだいぶクラシカルな化粧品の香り、急に百貨店の化粧品売り場へと移行する。それはまたずっと若いと思っていた人が鏡を見たらだいぶ歳をとっていた、いわば「ドリアン・グレイ」を思わせる香りで、私自身はその「クラシカルな香り」というのが苦手なのでまいったなと思ったのは束の間、急にベチバーがふっと香ってくる。それは絵で言うならば最後の仕上げのハイライトの一つの点の如く、そしてその点が作品全体のバランスを保っているかの如く、とても美しくも面白さもある「輝き」で、クライン側のターゲットであるレディース、そしてまさにそうだと思っていたのに急にメンズの要素が、それは強烈ではなく、柔らかな印象でそっと出てくる。そのベチバーによって、『Truth』はいわばアンドロギュノスな香りとして完成し、しかも香りの消え方は静かに、品よく消えていく。正直、この値段にしてはあまりにもよく出来すぎた、見事な香りとして大変驚いた。
特にミドルの部分で私が思い出したのはエルメスの『Jour d’Hermès EDP』だった(個人的にはJdHのPは名香と思っている)。ただ例えば光で例えるなら、JdHがパリのアパルトマンに入る柔らかな光に対して、『Truth』はニューヨークのガラス張りのオフィスに入る固さのある光、JdHが黄色みがかった光に対しTruthは白い光と言うべきか。

こちらもヌード

またアンドロギュノス、ユニセックスな印象もある香りは、同じくワッサーの作品でフェンディの『パラッツォ』(こちらも気に入っている)にあるパチョリ由来の男性的なフゼアに通ずるだろう。いずれにせよこの特異なTruth、もう少し香料自体の質を上げれば例えばバレードで出てきてもおかしくはない、むしろ芸術的な香りとして仕上がるのではないかとも思う。ルカ・トゥリンの言うように「あまりにも複雑で、あまりにも成熟しすぎた」。そして個人的にはあまりにも潔白で透明過ぎたのだろうと思う。

「私は恐らく女性」by ティルダ・スウィントン

『Truth』という名前、そして最後のベチバーの彩りがヴァージニア・ウルフの小説の登場人物であるオーランドを思わせた。彼、いや彼女、いやその人は固定観念や柵に囚われずに歴史を軽々を飛び越えていった。またそれは、べセット=ケネディも同じように。今や廃盤となったこの香りは、まさにその人達のように流れ星のように儚さをありながらも、時代を超えた美しさで人々を魅了し続けるのだろう。


・カイエ・デ・モードさんの『Truth』紹介ページ
背景含めて詳しく載ってます
https://cahiersdemode.com/truth/

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