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前歯のピント


久しぶりに歯医者に行って、歯のレントゲンを撮ることになった。

2畳ほどの小さなレントゲン室に通され、防護服を着た。
そして顎を器具に乗せた状態で、機械に体ごと固定された。

身動きができない状態は緊張する。
スタッフの女性が出ていくと、機械が大きな音を立てて体の周りをぐるりと回った。

機械が止まったと思ったら、女性が申し訳なさそうに入ってきた。

「前歯にピントが合わなかったようなので、もう一回撮影させてもらえますか?」

「分かりました。顔の位置を動かした方がいいですか?」

「あ、助かります」

「もう少し、右に。あ、ちょっと後ろかな」

そんな会話をしていたら、レントゲン技師と思われる人、その助手、さらに助手の助手の方まで検査室を確認しにこられた。

何度も失敗して患者に手間をかけさせてはいけない。
その緊張感が伝わる、真剣な表情をしている。

だが客観的にこの状況を考えてほしい。
狭い部屋の中で、巨大な機械に固定された人間が一人。
その人間の顔を四人がまじめに凝視している。
前歯にピントを合わせるために。

笑ってはいけないと思うほどに顔がにやけそうになる。
だが、笑って顔を動かせば、肝心のピントがズレる。
笑いをこらえすぎて、顔の筋肉が引きつりそうだった。

真剣にやってくれている4人のスタッフと福笑いのような変な顔になっている患者1人。
合計5人で顔の位置を絶妙に調整した結果、2回目は大変美しい歯のレントゲンが出来上がったのだった。


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