アラフォー上海留学日記【66日目】

5/2 木

10:30ころ目が覚めた。夜中も停車駅からの人の出入りがにぎやかだったが、存外よく寝た。起きたらそこは砂漠のど真ん中だった。これがタクラマカン砂漠。地図帳でしか見たことがなかった、あの。
見渡すかぎりに広がるばかみたいにデカい砂漠の途方もなさに心が震える。こんなところを古来、人は行き来していたのだ。この大地にもし自分が降り立ったら…と考えて身震いする。絶望しかない。

顔を洗い歯を磨く。手洗い場にあるコンセントで充電している猛者がいた。そこ、びちょびちょじゃん。トイレがなかなか空かず、待機中の御婦人と、困ったねと顔を見合わす。らちがあかんと隣の車両のトイレに行って戻ってきたら、御婦人はまだトイレの前で待っていた。4号車のトイレが空いてますよ、と伝えると、そうなの? ありがとうとそそくさと去っていった。よし、徳を積んだぞ。

化粧をして、お湯を汲んで紅茶を淹れて朝ごはんのパン。乗務員さんがお弁当を持っていたので、どこで買えるのかと聞くが、売ってないという。げ、ごはん買えないのか。食堂車あるって聞いてたのに。しかたがないので車内販売がきたタイミングでカップラーメンを入手。これでなんとか夕飯にありつける。

充電があやうい。モバイルバッテリーは持ってきているが、最後の手段にしておきたい。コンセントを使っているウイグルの女の子に、私のプラグ(USBの挿し込み口が2つあるから)2人で使えるから使っていい?と聞き、2人で充電。
しばらくして充電が終わったらしく、席を立とうとしている彼女が遠慮がちにはにかみ、なにか言いたそうにこっちを見ている。なにか言いたいけど、外国人だからなにを言っていいかわからないのだなと思い、こちらからありがとう、バイバイと手を振った。彼女はほっとした表情でやはりはにかみながら、バイバイと小さく手を振り、自分の席に戻っていった。薄茶色の瞳が印象的な子だった。

窓の外は砂煙。百度地図を開くと、地図上にも砂煙が表示されていた。車内も心なしか砂っぽい。鼻を噛んだらティッシュが黒い。
策勒站でひさしぶりに集合住宅を見かける。この駅では何人か人の乗り降りがあり、駅前には車が20台ほど停まっていた。ここで、日々を営んでいる人がたしかにいるのだ。その事実に頼もしさを感じる。

電車内には赤ちゃんを連れている人、ギプスをして乗っている人などもいて、ここらへんに住んでいる人たちの車代わりの脚になっているのだなあと実感する。ギプスをしている老人を、付き添いの女性だけでなくほかの人が手伝って担いで運んだり。
寝台への登り降りがきつそうな人は、周りの人が助けるし、赤ちゃんや子供がいる席は乗務員さんがこまめに声をかけている。助け合いの空間。そんななかで仕事のメールを返す。先方もまさか砂漠からメールしているとは思わないだろう。

和田站に到着。線路が何本もあり、绿皮车が2台停まっている。これまでの駅とは格が違う。ホームに降りてタバコを吸って戻ってきたら、車内が臭くてびっくりした。足の匂い。こんなに臭いところにいたのか、と思ったが、まあすぐ慣れた。
和田の付近は農耕が盛んなようで、小麦や果物畑が広がっていた。喀拉喀什河には豊かな水が流れ、ピクニックしている家族や若者たちも。

ウルムチ駅で借りたシェア充電器をどう返せばいいのか気になっていたので、提供元に問い合わせる。カシュガル駅で返却できるそうでほっとした。費用は2日分なので60元かかるそうな。ちょっと高いが、まあ、もし車内で充電できなかったときのためのお守り費と考えるしかないな。デポジットで99元払っているから、その範疇ですんで良かった。

17時、皮山站あたりでようやく街が現れた。さっきの駅で乗ってきた若いお母さんと赤ちゃんが隣のコンパートメントにいる。赤ちゃんがハイハイしまくる元気な年頃で一時たりともじっとしていない。私の足元をトントン叩いたり懐っこい。お母さんがミルクを作っているあいだに脱走したりするので、赤子を確保する役になった。お母さんが赤子を遊びに連れだしたりするときには私がお母さんのスマホを見張り、協力体制をしくことに。お母さんがスマホから離れるときには音楽をかけ続けていたことに生活の知恵を感じる。誰かが持ち去ったら音楽が聞こえなくなるから、そこで気付けるようにしているのだ。

カップラーメンで早めの夕食。寝台列車で食べるカップラーメンほどうまいものはない。

日が沈む前、21時にカシュガル到着。30時間はさすがに長かった。ついに、ついについたぞ。

外国人なので改札でイミグレみたいな質問をされる。边防证いるかな?と用意しておいたが、特に必要はなかった。タクシーに乗る前にシェア充電器を返却したいのだが、一度改札を出ると直接待合所に入れず、出口からまた待合所に入るために臨時入場許可書をもらったり荷物検査したりとめんどうすぎたが、なんとかこなせて中国語を勉強しておいてよかったと心底思った。そうだよ、こういう旅がしたくて中国語を勉強し始めたんだった。

タクシーの運転手さんに遅れる旨電話し、ようやく合流。女性の運転手さんで、車はすごいいいホンダ車だ。窓から見えるカシュガルの街は完全に異国。空気が砂っぽくて、夜でも路上に露店が集まり、あらゆるところに極彩色のワンピースをきた女性や飾りのついた小さな帽子を被ったおじさん、バイクがうごめいている。少しインドに似てる。
ウルムチ同様、厳戒態勢には変わりなし。タクシーの上についている電光掲示板では、やたらと国家共同体のために団結しようみたいな文言が流れている。

こんなに遅い時間なのに渋滞ひどいですねと言うと、この2日間は特にね、連休だから、と運転手さん。ここは深夜まで人が多いですよと、なんか人出がすさまじいことになっている城の門の前を通り過ぎ、車が入れないからと途中で降ろされた。宿はそのにぎやかな城エリアの奥にあった。チェックインに20分くらいかかり、外国人の手続きがたいへんすぎることを実感。そりゃ外国人NGの宿が多いはずだわ。

宿には屋上があり、そこがよいのなんのって。隣の建物の屋上とつながっていて、付近の屋上といっしょに特別な空間を作り出している。周りも屋上だらけ。そして目の前には謎のタワー、後ろにはライトアップされた城。カオスすぎて最高。もう23時だが、なにか買ってきてここで遅い夕飯にしよう。

城の門のほうに行くと、城の上からばかみたいに大音量で音楽が聞こえてくる。城の上が繁華街になってるっぽくて、城の概念が覆される。古城とあったので静かな場所かと思いきや、完全にお祭り状態。光るカチューシャとか売ってるし。おもしろすぎるだろ。

謎のタワーのふもとを流し(崑崙塔という名前だった。崑崙!)、カシュガルパッケージのウスビールと、羊屋で羊盛り合わせみたいなのをテイクアウトしたのち、屋上で晩餐。目の前にライブ会場があり、そこの音楽に合わせて城がライトアップされるのがばかみたいで吹き出してしまった。古城に対してやりたい放題すぎんか。

カシュガルは、私の思い描いていた中国の西の果てとあまりにも違っていた。タクラマカン砂漠の果てにこんな街が広がっていたとは想像もできなかった。変な夢を見ているようなきぶんで、カシュガルの夜は更けていく。とはいえ日没から3時間、更けている感じはしないのだが。城の門のほうからは、まだ観光客のにぎわいが聞こえてくる。


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