中根すあまの脳みその151

私の脚はむくみやすい。
らしい。

「むくむ」という感覚を長年知らなかった私にとってそれは新鮮な事実であった。
新しい概念がもたらされたのは、3月の劇団公演前。舞台に立つにあたり、その、緩みきった肉体(予備知識として、私は高校1年生まで所謂ぽっちゃり体型、小デブとしてその人生を生き、高校2年の冬に覚醒し17キロのダイエットに成功、その後慢性的な増量につき、現在、晴れて小デブ時代の体重に戻った、という事実を提示しておく)を、苦痛を感じることなく、最大限引き締めようと、痩身エステの無料体験にこっそり足を運んだ。
その際に、私のせいでタダ働きさせられた担当者に言われたのだ、「脚、おばあちゃんですよ」と。どうやら私の脚はむくんでいる、どころの話ではなかったらしい。初めは定期的にエステに通わせるための恐喝かと疑ったが、彼女の驚愕の面持ちと、施術後に一歩踏み出した時の足取りの軽さに、己の脚の現状を悟ることとなった。
それから私の体は、「むくみ」というものを察知するように進化したのであった。

通学電車往復3時間、授業時間合計5時間、息を潜めて耐え続けた足は、爪楊枝でつついたら弾けてしまいそうに膨張し、しゃがむという動作が恐ろしいほどである。そんな危機的現状を初めて把握した私は、さすがに危機感を覚える。
急ごしらえの知識によると、むくみは血行不良から引き起こされる。そして、血行を良くするためには、マッサージが効果的。塩を使うとよいらしい。行動力だけは世界に誇れる私は、すぐに大袋の塩を調達し、その日から風呂場で試すことにした。

塩を手に取って水に溶かし、それを脚全体に擦り付ける。鉄のように固い。色を塗った鉄だと言われたら、うっかり納得してしまいそうだ。しばらくその動作を続けていると、なんとなく脚が、脚本来の柔らかさを取り戻しつつある感じがした。すると次の瞬間、私はそこにある脂肪の塊に、激しい殺意を覚えた。それは突然の感情であった。憎い。憎い。こいつがいなけれは。こいつのせいで。俺は、こいつを許さない。
めきめきと肥大する黒い感情に身を任せて脂肪を揉んでいると、滝のような汗が流れ出した。きっとその時の私は、黒いオーラで包まれていただろう。

しばらくして、我に返る。
なぜだか己の今の姿に、既視感を感じたのだ。どこかで見たことがある。どこかで。
手を休めてしばらく考える。
閃いたのは、脚が塩の結晶にまみれている様を目にした時。
これは、あれだ。
『注文の多い料理店』だ。
山猫に食べられるとも知らず、せっせと自らを食材へと仕立てあげる、間抜けな人間たちの姿と、己の姿が重なったのだ。
塩揉み。食材そのものの持つ臭みを消すために塩揉みをする。
私は己の脚を塩揉みしていたのだ。
この後は、小麦粉だろうか、パン粉だろうか。揚げ物はよくない気がする。きっと胃もたれする。最適の調理法はボイルだろう。茹でて、ゴマだれでもかけるくらいのさっぱりさが、私には合う気がする。
そんな馬鹿馬鹿しい想像を、至って真面目に繰り広げながら、手は休めない。
いつの間にか私は30分以上、己の脚と向き合っていた。

次の日。
ふと、短パンからのぞく脚に目を向けると、小さな痣が点在していた。何事かと頭を捻ると、脳裏をよぎるのは昨晩の死闘。
それは、殺意の名残であった。

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