中根すあまの脳みその57

「生きてるか?!自分の意志で生きてるか?!」

駅前のベンチで酔っぱらったおじさんが、発泡酒のロング缶片手にこう叫んだ。
出かけた先で友人と、お金を使わずに休憩しようと、おじさんの向かいのベンチに座って一息ついた時だった。
鳩がたくさんいた。私たちが座っていたベンチの下に、彼らにとって魅力的な何かが落ちていたのか、その場にいる鳩がみんなしてこちらに向かってくる。
別に苦手なわけではないのだけれど、あまりにも近くまで寄ってくるものだから、それがなんだか得体の知れないもののような気がして、可笑しくて怖くて騒いだ。
ぶらぶら歩き続けて疲れた体に、夏と秋のちょうど中間のような夕方の風が心地よかった。
若者の集団や、仕事帰りであろうサラリーマン、男の人ひとりの周りを数人の女の人が取り囲んでいる謎の集団などが、ぱらぱらと会話をしている。
なんだかこの場所の上にある空だけが高くなっているような、そんな変な感覚があった。

おじさんは、私たちがベンチに座る前からなにやら巻き舌でまくし立てていて、その様は、きっとだれもが喧嘩や揉め事を連想するであろうものだった。どこへいってもそういった騒々しい人というのは存在する。おじさんの叫び声はどんどん熱を帯び、ついにはその周辺にいる人みんなが気になってしまうほどになった。
その場にいる全員がきっと、なにがあったのか、なにをもめているのか、ついつい気になっている。おじさんの咆哮をついつい待っている自分がいる。その心は、今ここにいるみんなに共通しているような気がして、もはや少しの連帯感さえ感じる。そしておじさんはまた吠えた。

生きろ、自分の意思を持て、頑張れ。
彼が主張していたのはそういったことであった。てっきり、怒りを爆発させているとばかり思っていた私は、なんだか拍子抜けした。公共の場所で、大きな声で発言をしているという異常性に似合わぬ、あまりにも重要で、真面目で、熱い言葉。どのような気持ちになってよいものか分からなくて混乱する。その場にいた人々もそうだったのではないだろうか。
これが映画の中だったら、彼の言葉に人々が「おーーー!!!!」と拳を振り上げ、盛り上がるような場面だろう。容易に想像ができる。
彼がどのような人間で、どのような生活背景があって、どのようなつもりで叫んでいたのかは分からない。だが、いつもより少しだけ高いような感じがする空に、彼の叫び声が吸収されていく様は、なんだか非常に印象的であった。

もちろん、返事をする者はいない。みんな、何事もなかったかのように、己の人生を再開させる。だが、その中で、一羽の鳩だけが、背筋をしゃんと伸ばして、まるでおじさんの叫びに呼応するような様子を見せていた。疑われるかもしれないが本当なのだ。彼の言葉を聞くや否や、まるで別鳥のように、生きる気力に満ち溢れているように、その姿勢を整えていた。
それを見た友人が言う。

「あのおじさん、鳩に言ってるのかもね」と。

実はそうなのかもしれない。おそらく違うのだろうけど、その可能性だってある。
友人のその発想はとても可笑しく、そして興味深かった。

要するにまあ、なんでもない出来事なのだが、なぜか心のに残ってしまうような出来事でもあった。そんな、秋の初めの今日である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?