中根すあまの脳みその115

物騒な本を読んでいた。

心理的にも空間的にもゆとりがある、午後の京王線である。その日、私は、八の字眉のしろくまが縫い付けられた赤色のスウェットに、ふたつのお団子をくっつけた頭という、能天気で間抜けな格好をしていた。この格好は、その後下北沢の古着屋の店員さん(下北沢を牛耳っていそうな風格がある)に、「下北も捨てたもんじゃない」と言わしめた渾身のコーディネートなのだが(正直、その店員さんが褒めていたのかどうかは謎である。だが、彼に希望を与えられたのは確かである)、まあそれは置いておいて。その、世の中の全てを舐め腐っていそうな格好と、たった今開いている本の内容が大きくかけ離れていて、世界観のぶつかり合いを肌で感じた。
この前食べた、さつまいも味のパンのようだった。さつまいもの味だけを期待していたのに中にチョコが入っていて、そのふたつの味が思いの外、仲が悪かったのだ。さつまいもの持つ世界観と、チョコレートの持つ世界観が激しく喧嘩をしていた。その時の私もまた、そのような感じだったのだ。
話を戻すが、八の字眉のしろくまと、違法スレスレの捜査を行うマル暴は、どう考えても合わない。

そんなとき、斜め前に座った男の人。
銀色と黒の、いかにも頑丈そうなアタッシュケースを持っていた。フィクションの世界ではよく、こういった入れ物が活躍する。誘拐犯に届ける身代金はだいたい、アタッシュケースに入れろと犯人から指示がある。ワルが取引を行う違法な薬もだいたい、アタッシュケースに入れて持ち運ぶ。アタッシュケースなんて耳馴染みのない、語源も分からない言葉だからこそ強烈な印象が残るのだ。作者もきっと、アタッシュケースって言いたいだけなところがあるだろう。まあ、それはいいとして、とにかくアタッシュケースを見れば、一瞬で様々な犯行の現場が想像されるように私の脳みそはできている。
さて、斜め前の男の人、黒いスーツを着て真面目なサラリーマンを装っているが、一体どんな悪党なのか。携帯を見るふりをしてこっそり様子を窺う。男が、アタッシュケースに手をかけた、開ける、何が入ってる?

グミ、であった。
彼は、厳ついアタッシュケースから、カラフルなグミを出して口に放り込んだ。そのときの私の顔はおそらく、胸に縫い付けられた、八の字眉のしろくまのごとく間抜けであっただろう。
グミ、とは。
私は唸る。これ以上に呑気な物体を私は知らない。それを、アタッシュケースに。それから出していいのは、札束とヤバい粉だけだと言うのに。
グミって…。
私は再び唸る。彼には大喜利の才能があるかもしれない。そうでなくても、何かしらの大物であろう。彼は真面目腐った顔でグミに夢中だ。これまた、世界観と世界観の大喧嘩である。
謎の感動を覚えながら、捲っていたページに目を向けると、そこには、主人公が追いかけていたヤクザの部屋から、大量の違法な薬が見つかった、といった場面が綴られていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?