中根すあまの脳みその198

ブー、ブー。
鳴り続ける不快な音。
意識を逸らそうとしても、この静かなひとりきりの空間でそれは、嫌でも存在感を放ち続け、やたら性能の良い私の耳は音を拾うことをやめてくれない。

ワンオペ体制の古着屋で働いている。
ふとしたときにいつも、そんな古着屋は存在しないと我に返るのだが、かれこれもう半年と少しそこで働き、お給料をもらっているので、一応、存在はしているらしい。
以前ここでその店のことを書いた記憶があるが、その頃と今とでは、店は違う場所にある。経営不振から商業施設を追い出され、さらに寂れたビルへと移転したのだ。
店を構える1階にはなんと、別のテナントはひとつも入っておらず、広々空間を贅沢に使用し、過剰な古着の在庫を乱雑に放置している。それを店と呼ぶには些か抵抗があるが、一応客との取引が行われる場所ではあるので、しかたなく、そう呼ばせてもらう。

それにしても静かだ。
世界に自分ひとりしかいないのではないかと真剣に考えてしまほどの、終末感のある静けさだ。
他の従業員は、携帯をBluetoothスピーカーにつないで好きな音楽をBGMとして流しているらしいのだが、生憎、私の携帯のBluetooth機能はだいぶ前から壊れている。ちなみに、Wi-Fiもつながらない。治せ。買い替えろ。そういった声が聞こえてくるが、反論はできない。その通りだ。面倒くさい。それだけなのだ。というわけで、BGMは流せない。携帯から直接音楽を流すこともあるが、なんだか気に入らなくてやめてしまう。なんだか、の部分については説明するのが面倒くさいので、どうしても気になる人は私に直接聞いてください。面倒くさがりでごめんなさい。
故に、無音。
無音の空間に約8時間、ひとり。
なにかしらの悟りをひらいてしまう。

しかし私は、無音の有難さを知ることになった。
朝、店を開けると、謎のブーブー音、携帯をマナーモードに設定したときのバイブレーションの音に近いその音が、どこからか聞こえてくる。
誰かから電話が来たのかと思い、慌てて携帯の画面を確認するが、来ていない。店の携帯も電源が切られたままである。音の元を辿ってみるがそれらしきものは見当たらず、しょぼしょぼとその場にへたり込む。
8時間ずっと、その音の支配から逃れられない。
何かを急かすようなその音に、気力と体力が無駄に吸い取られていく。
ようやく勤務時間が終わり、嬉々として家路につく。
当然、不快なブーブー音のことなど忘れ果ててしまう。

そして今。
ブーブーブーブーブーブーブーブー
何を隠そう、今日は出勤日。休憩時間の真っただ中である。
ブーブーブーブーブーブーブーブー
何が休憩だ、ひとりしかいないんだから、休憩もなにもねえだろうがよ。
ブーブーブーブーブーブーブーブー
あーーーー、うるさいうるさいうるさーーーーーーーーーい

いつもより若干気が立っているのは、どう考えてもこの音のせいなのである。

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