中根すあまの脳みその212

ちょうど1年ほど前。
家のリビングで、家族4人で映画を観ていた。
時刻は夜の21時頃だったと記憶している。
その日は夏の断末魔のような暑い日で、しかし、冷房を入れるには時期も時間も遅すぎるような気がして、部屋中の窓を開け放つことでお茶を濁していた。
そんな状況で狭いリビングに4人。
そのうち3人は酒をたらふく食らっている。
中根家は盛り上がっていた。
30分に1回の周期で、ふと誰かが我に返り、シッ!と声を潜めるが、その1分後には元の声量に戻っているという、先生の見回りに怯える修学旅行の夜のような過ごし方をしていた。

映画も終盤に差し掛かったあるとき、
インターホンが高らかに鳴り響く。
先程までの陽気な宴が嘘だったかのように静まり返るリビング。
4人、目を合わせる。
暗黙の了解で席を立つ父親(父親がいないとき、この役割は私のものとなる)。

父親がインターホンに向かって呼びかける。

はい?

あ、近くのものなんですけど、おそらくこちらの家だと思うんですけど、ちょっと声大きいのでー

あっ、すみません
気をつけます、ご迷惑をおかけしました

声大きいのでー、

すみません、気をつけます

お願いしますー

薄暗い画面に浮かび上がる、白い顔。
近所の住人だと言うその男の顔に見覚えはなかった。
どこか違和感があるのはきっと、インターホンとの距離が近すぎるからだろう。
画面いっぱいに男の顔が映し出されている。
やや傾いた姿勢で立っているのが少し不気味だ。

画面が暗転する。
無言の4人。
修学旅行の夜に、騒いでいることが先生に見つかり、叱られた後のようなバツの悪さ。
ご近所の皆さんごめんなさい。
静かにしますごめんなさい。
宴はひっそりと幕を閉じた。

翌日。
私は少し、妙に感じていた。
あの男は、お隣さんやお向かいさんではない。
たとえ窓を開け放っていたとしても、家の中の声がそんなに遠くまで聞こえるものだろうか。
そこで、実験をすることにした。
問題の夜と同じように窓を開け放ち、テレビの音量を上げ、リビングにいる妹に大きな声でしゃべってもらう(もちろん、昼間の時間帯です)。私は外に出て、その声がどれくらい漏れ出ているのかを確かめる。

結論。
声は聞こえなかった。
確かに、隣や向かいの家には聞こえていたかもしれない。それはごめんなさい。
しかし、それも、うるさいと感じるほどのものかと言われると微妙だ。
家から少し距離をとっただけで、簡単に聞こえなくなってしまう。
思い出される、斜めの男の顔。
背筋に冷たいものが通り過ぎた。

あの夜から1年が経ったが、結局あの男を近所で見かけたことは1度もなかった。
あれからというもの、中根家ではリビングで誰かが大きな声を出すと、あの男が来るよ!といって制するのが常となった。
怪談や伝説のようなものというのは、このように生まれていくのかもしれない。

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