中根すあまの脳みその211


ここ最近は流れ者のカステラ売りとして生きている。
詳しくは去年の末に綴ったこちらの文章を読んでいただければと思う。

あれから何度か縁があり、今回で4回目の現場である。
極力働かない、で有名な私が毎日の激務をこなせているのはきっと、カステラへの愛故にだろう。
今回の催事会場は今までとは違い、商業施設の中である。
めくるめく駅構内を眺めているのが好きだった私は、その点において少し残念に思えたのだが、施設内であるからこそ得られる良さが他に存在するということを今回、知ることとなった。

カステラを売る私の目線の先には、レモネードの店がある。お洒落なカウンターでお洒落なレモネードをお洒落な店員さんが売っている。なんとまあお洒落なのだろう。正直、生きていて、あ、レモネード買おう、と思ったことは一度もない。本質的に必要のないものほど、お洒落に感じられるものなのだ。知らんけど。
その店は基本、ひとりで回している。
普段の私(ワンオペの古着屋)を思い出し、親近感を覚えるが、そのラフでスマートな働きぶりを目にするうちに、私のそれとは違うと考え直す。
ピンク髪の女の子。
必要最低限の愛想しか振る舞わない。しかし、無愛想ではない。無駄がないだけなのだ。しかし、彼女を見ていると、この子はちゃんと年相応の笑顔を持っているのだろうか、と意味のない心配をしてしまう。
どうやら、店員は昼間と夕方で交換するらしく、夕方に同僚がやってくると、彼女はとたんに花が咲いたような笑顔を浮かべおしゃべりをはじめ、その姿を確認してひとり、意味もなく安心してしまった。
片耳ピアスの男の子。
と、言ってしまったら誤解を招くかもしれない。彼は確かに片耳にピアスをしていたが、不思議なことにチャラチャラとした印象は一切ない。その証拠に、ちゃきちゃきとしたおばちゃんに、店や商品とは一切関係のないことをマシンガンのごとく話しかけられても、彼は深く頷きながら会話に応じていた。
そんな彼はもはや、片耳ピアスの男の子ではない。

私にとってレモネード屋(そう呼ぶと一気にキラキラ感が薄れてしまう)での出来事はエンターテイメントであった。自分の存在とは関係なく、ひたすら目の前で繰り広げられる日常。こんなふうに同じ場所での日常を、長い時間見続けることなどなかなかないのではないか。まるでテレビの中や、舞台の上での出来事のように感じられた。

閉店間際。
レモネード屋は一足先に店を閉じている。
今日の上演は終わったのだなと、寂しい気持ちでいると、フィクションの中の存在だったはずの片耳ピアスがレジ待ちの列に並んでいる。
えっ。
いつの間にか、有名人のように思っていた彼の登場に動揺する。
彼の番になり、私は思わず、
レモネード屋さんですよね?!と、
さながら、街中でサインを求めるファンのような上擦った声で話しかけてしまう。
彼は、ちゃきちゃきおばちゃんの相手をするように、深く頷き、ずっと食べたかったんですよ〜と言った。

彼らの目にも私は、エンターテイメントのように存在していたのだろうか。
彼らの日常に私が…あ、それって普通のことか。混乱と変な緊張でお釣りを渡す手が震えた。恥ずかしかった。

商業施設の中に入っている店舗は、それぞれが別々の映画、ドラマ、舞台のようで面白い。
それに気づけたことが今回の収穫だと言えるだろう。

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