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ナポレオン

今回は、フランスの英雄「ナポレオン・ボナパルト」についてみてみましょう。ナポレオンについて知っていることは、「余の辞書に不可能という文字はない」という言葉とか、懐に手を入れているポーズの絵画、白馬に乗ってすごい感じの絵画(サン=ベルナール峠を越えるボナパルト)とか。あと、よく映画などでナポレオンがいじられている時は、大抵背が低いことをちゃかしています。でも、どんな人だったのか、全く知りません。

1789年、フランス革命が起こってヨーロッパは大混乱に陥っていました。ご近所のヨーロッパ列強国の王様たちは、自分もフランスで斬首刑になったルイ16世と同じ運命をたどることになるのではと恐れて、フランスにスパイを送ったり攻撃をしました。

一方フランス国内も不安定で、過激な思想や派閥の確執で流血大惨事となっていました。そんな中、彗星の如く現れたのがナポレオン・ボナパルト。フランス革命が始まった年は二十歳の青年でした。タイミングも良かったのでしょうね。然るべき時に然るべき場所にいた人なのです。

軍人としてフランス革命の混乱を収め、周辺国からフランスを守りました。そして国内で恐怖政治を行っていた人たちを退け、公平に統治できる強力な指導者となっっていきました。彼の理念も確かに「自由、平等、博愛」でした。これは英雄以外の何者でもないですね。きっと国民から絶大な人気を集めたことでしょう。

ナポレオンは、新しい憲法と法典を導入して、”法の下ですべての人は平等である”、”宗教の自由”、”世襲特権の廃止”を打ち出しました。まさに民衆の英雄!でも、その後もナポレオンは戦うことをやめません。フランス語で”Grande Armée”大陸軍と名付けた軍隊を築き、なんと自ら皇帝となって軍事独裁政権を樹立してしまいました。

音楽界隈で有名な逸話に、ベートーヴェンがナポレオンを賛美していた、というものがあります。ナポレオンの1歳年下のベートーヴェンは、民衆の味方ナポレオンの姿勢に大いに共感して、応援していました。交響曲第3番”英雄”という曲は、自筆譜のタイトルは”ボナパルト”としていました。ところが1805年にナポレオンが皇帝ナポレオン1世に即位したことを知ったベートーヴェンは「なんだ、お前も結局そっち側の人間か!」と怒って”ボナパルト”という名前を削って”ある英雄の思い出のために”と書いたという話が伝わっています。ナポレオンへの賛辞を書いた表紙をビリビリと引き裂いて暖炉にくべた、という激しい話もよく聞きますが、ドラマチックな話は好まれるでしょうからちょっと盛ってしまったのでしょう。だって、名前を削った自筆譜の表紙が残っているわけですから。ベートーヴェン自身は「自由、平等、博愛」でできたような人。交響曲第9番”合唱付き”はまさにそのものを音楽で表現したのです。

とにかく、ヨーロッパ諸国と「ナポレオン戦争」を繰り広げたナポレオンはヨーロッパの大半を支配しました。それこそベートーヴェンが活躍したウイーンも例外ではありません。エジプトやロシアは流石に一筋縄ではいかなかったようですが。

ところで、先ほど”皇帝ナポレオン1世”と述べましたが、そう、ナポレオン2世もナポレオン3世もいます。2世は息子、3世は甥です。あれ、世襲反対だったのでは…?戦いを続けていくうちに、どうにもならなくなってしまうのでしょうかね。スターウォーズのダース・ベイダーを思い出します。もう本人の力ではどうにもならない大きな力が働いて戦いを止めることができなくなってしまうような。こんなはずではなかったと。

ちなみに、背が低かった説については実際のところどうだったのでしょう。ナポレオンが描かれた絵画を見てみると、確かに少し小柄にも見えますがよくわかりません。身長167センチという記述もあります。一説によると、成人男性の平均ほどはあったが、イギリスによる戦時中のプロパガンダで広まった話だそうです。だとしたら低レヴェルも甚だしいですね。

そんなナポレオンの最後は51歳、胃癌で死亡しました。イギリス人(またイギリス!?)のヒ素による毒殺だという説もありますが、胃癌説の方が有力ということです。

さて、革命の救世主か、それとも破壊者なのか。どちらにしても現代のフランス国家の制度に多大な影響を与えたことは揺るぎない事実です。「余の辞書に不可能という文字はない」という言葉は、ナポレオンは当時の副官であるルマロワ将軍に当てた手紙の一節が元になっています。「Ce n'est pas possible, m'écrivez-vous : cela n'est pas français.」(それは不可能です、と君は私に書いてよこした。しかし、そんな言葉はフランス語にはない)と返しました。
ナポレオンは言っています。「世界を引っ張っていく秘訣はただ一つしかない。それは強くあるということである。」と。強くなければいけなかった。時代を駆け抜けた革命の寵児、ナポレオンに想いを馳せてみました。

次回をお楽しみに!




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