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小説版『アヤカシバナシ』ワタナベさん

私がサービス付き高齢者向け住宅で働いていた時のお話です。


以前より体調を崩していたワタナベさん。

寝たり起きたりを繰り返し、起きていても虚ろで生気が無い感じだった。

話しかけても擦れた声で何を言っているか聴き取れない。

ここ数か月でこんな事になったと言う。

年齢も91歳なので、当然と言えば当然なのかもしれないが、寂しいと言えば寂しいことである。


そんなワタナベさんが昨夜から微熱が続いているとの報告を受けた。

早朝の検温でも37.6度、本人の意識はしっかりしているが、胸が熱いと言う。

熱いと言うのはもしかして痛いのかと判断し、緊急搬送することにした。


それから数時間後、ワタナベさんの部屋の扉をしっかり閉め、向かいのお部屋の山中さんのバイタルチェックをした。

山中さんの部屋を出て、扉を閉めると、背中越しに扉を開ける音がした。

私の背中越しと言う事はワタナベさんの部屋と言う事になる。

『え?』と思い、振り返ると、閉めたはずのワタナベさんの部屋の扉が全開になっており、部屋に入って行く人影が見えた。

その姿はまさしくワタナベさんだった。


もちろんワタナベさんが亡くなった等の報告は来ていないが、部屋に来たのは間違いなくワタナベさんだった。


その後、ワタナベさんは入院することになり、部屋代金も入院費も支払うのは大変なので退去する運びとなった。


ワタナベさんがどうなったのかはわからない。

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