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短編小説 「タコの正義」


海の中でタコの僕はボウズと呼ばれていた。正義のヒーローになることを夢見て、毎日海の安全を守るために一匹で自警団を結成し、パトロールを続けていた。海底の街は静かで美しかった。サンゴ礁が色鮮やかに輝き、小さな魚たちが自由に泳ぎ回っていた。僕はその美しい街を守るため、常に目を光らせていた。日々のパトロールは僕にとって使命であり、楽しみでもあった。

そんなある日、僕の住む街に大王イカが現れた。体は赤く巨大で、腕は長く、ギョロッとした目玉に、鋭い吸盤が並んでいる。その姿は圧倒的な威圧感を放ち、周囲の海の生き物たちを震え上がらせた。

「この場所は俺のものだ。誰も逆らうことは許されない」大王イカは冷酷な声で言い放ち、街の生き物たちを脅した。「今すぐ降伏しろ、最低限の生活は保証しよう」鋭い目つきで僕たちを睨んだ。

僕と街の警備隊は、勇気を振り絞って彼に立ち向かった。しかし、大王イカの腕のひと振りの力はあまりにも強大で、僕たちはあっという間に返り討ちにされてしまった。彼の攻撃は容赦なく、僕たちの努力は無惨に打ち砕かれた。

打ちひしがれた僕は、海底の岩陰でひとり泣いていた。涙が水中に溶け込み、透明な泡となって消えていく。

「こんなことじゃ、ヒーローになれない……」自分の無力さに絶望していたその時、突然、海の中が柔らかな光に包まれた。目の前に現れたのは、美しい人魚の姿をした海の魔神だった。彼女の長い銀髪が揺れ、瞳は深い青色で神秘的な青白い光を放っていた。

「ボウズ、私の力で、あなたの願いを叶えてあげましょう」彼女の声は柔らかく、まるで海のささやきのように僕の心に響いた。

「本当に?」僕は震える声で尋ねた。

「あなたの足を引き換えにすれば、肉体的な強さを与えてあげるわ」

僕は迷わず一本の足と引き換えに、肉体的な強さを手に入れた。その力は驚異的だったが、大王イカを倒すにはまだ足りないと感じた。

「もっと力が欲しい。全ての足と引き換えに、さらに強力な力をくれ」僕は海の魔神に懇願した。

「いいわ。あなたの望む通りにしてあげましょう」彼女は微笑みながら、残りの足を全て引き換えに、さらなる力を与えた。僕の体は異形の怪物へと変わり果てた。八本の足は失われ、代わりに無数の鋭い触手が生え、目には赤い光が宿った。肌は硬く黒くなり、かつてのタコの姿はどこにも残っていなかった。

街の住民たちや仲間であった警備隊員さえも、僕を恐れの目で見始めた。「あいつは化け物だ……」という囁きが耳に届く。しかし、僕は気にしなかった。この力があれば、必ず大王イカを倒せると信じていたからだ。

僕は全てを捧げたこの力で大王イカに立ち向かった。海中は激しい戦闘に包まれた。僕の新たな力は確かに強力で、大王イカの攻撃をものともしなかった。

「ボウズ、お前がここまでの力を持つとは思わなかった。しかし、その力で何を成そうとしている、化け物」大王イカは嘲笑いながら攻撃を仕掛けてきた。

「僕はヒーローだ!海を、そしてこの街を守るために戦っているんだ!」僕は叫びながら、全力で反撃を続けた。「この海は僕のものだ。誰も逆らうことは許されない」その言葉は、かつて大王イカが放った言葉と同じだった。

僕の心はヘドロのように黒く濁り、かつての正義感は消え失せた。大王イカを打ち倒し、その巨体が海底に沈むと、僕は勝利の叫びを上げた。しかし、その声はかつての仲間たちの表情を暗闇のように残酷なものに変えた。僕は海の統治者となり、かつての友人や住民たちを支配下に置いた。彼らの恐怖の目が、僕の心を満たした。力を手に入れ、居場所も手に入れた。ただ、僕にはまだ欲しいものがある。

ある日、海の魔神が再び現れた。彼女は静かに僕を見つめ、その瞳には見透かすような光が宿っていた。「ボウズ、あなたはたくさんの『モノ』を手に入れたようね。それと引き換えにあなたの願いを叶えてあげましょう」

「住民を引き換えに僕を正義のヒーローにしてくれ」僕の願いに海の魔神はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。海の魔神が輝きだし、住民たちは叫び声をあげながら吸収されていった。

「さぁ、あなたは正義のヒーロー、思う存分にあなたの正義を振りかざして」海の魔神は輝きと共に消え去った。

「お前を倒す」と、声が聞こえた。

その瞬間、背後に異様な気配を感じた。振り返ると、そこには数え切れないほどの海の生物たちが集まり、彼らの目には怒りと決意、そして僕を倒そうとする意志が宿っていた。





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