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短編小説 「ニートと医者」


火曜日の朝、ミヨコが夜勤明けで帰宅した。彼女は救命救急医で、病院では常に緊張感にさらされている。風呂に入ってすぐにベッドで眠りにつく彼女を見送り、僕は静かにアパートを出た。今日はスーパーに行って唐揚げの材料を買う予定だ。

僕の名前はリョウ。25歳、ニート。僕にとって、ミヨコは理想的だった。彼女の家に住む代わりに、毎日彼女のために料理を作り、洗濯と掃除をする。それが僕の日常だったり

ミヨコとの出会いは本当に不思議なものだった。僕たちが初めて出会ったのは、料理教室だった。ミヨコは救命救急医として多忙な日々を送っており、その隙間時間を使って料理を学びたいと教室に通っていた。一方、僕は社会で働くことを拒み、一生ニートでいようと決意していた。しかし、料理に対する興味だけは捨てきれなかった。

初日、ミヨコは遅れて教室に入ってきた。茶髪のロング髪が揺れ、その背筋の伸びた姿勢からは医師としての凛とした雰囲気が漂っていた。僕はその瞬間から彼女に引き込まれた。

最初の授業は定番のハンバーグ作りだった。僕はミヨコの隣の席に座り、肩に力が入ったまま、彼女の動きを観察していた。ミヨコはお世辞にも手際よいとは言えない切りかたで、不慣れな手つきで調理していく。その姿には初心者のような可愛らしさが混じっていた。

授業が終わり、皆が片付けをしているとき、ミヨコが僕に話しかけてきた。「あなた料理上手ね。どうしたらあなたみたいに美味しくつくれる?」と、笑顔で尋ねてきた。僕は声を震わせながら、丁寧に焼き時間や塩加減について説明した。

それがきっかけで、僕たちは次第に親しくなった。授業が終わった後も、カフェでお茶をしながら料理の話をしたり、お互いの趣味や日常について語り合ったりした。

ある日、ミヨコが突然言った。「リョウが作る料理、本当に美味しい。よかったら、私の家で料理を作ってくれない?その代わり、居候してもらっても構わないから。それとほかの家事も」

その提案に僕は飛びついた。同時にこれほどまで運がいいと思った。社会で働くことを拒んでいた僕にとって、それはまさに願ってもない申し出だった。自分の料理を認めてもらい、しかも住む場所まで提供してくれるなんて、夢のようだった。こうして僕はミヨコの家に住むことになり、彼女のために毎日料理を作るようになった。


スーパーで買い物を終え、アパートに戻ると、キッチンで唐揚げの準備を始めた。鶏肉のスジを取り除いて、下味をつけ、片栗粉をまぶして油で揚げる。香ばしい香りがキッチンに広がる頃、ミヨコが目を覚ました。

「寝過ぎた」と、寝室から声が聞こえた。

「お疲れ様、唐揚げがもうすぐできるよ」と僕は返事をしながら、揚げたての唐揚げを皿に盛った。

「いい匂い」と、ミヨコは香りを嗅ぎながら微笑んだ。

夕食を終えた後、リビングでくつろいでいると、ミヨコが突然口を開いた。「リョウ、いつまでこの生活を続けるつもり?」

その質問に腕の筋肉がピクッと反応した。「どういう意味?」

「あなたが社会に出るのを拒んでいるのは知ってる。でも、ずっとこのままでいいの?」ミヨコの瞳は真剣で、その問いかけに僕は答えられなかった。僕はこの生活が心地よいと思っていたが、彼女の言葉が心にグサリとくる。

「あなたがもっと自分の可能性を見つけてほしいと思ってる。料理も素晴らしいけど、それだけじゃないはず」と、彼女の言葉に、僕は心の奥底で何かが揺さぶられるのを感じた。

「ちょっと考えてみるよ」と僕は静かに答えた。

その夜、ベッドに入っても僕はなかなか眠れなかった。ミヨコの言葉が頭の中で反響していた。彼女の厳しさと優しさが、僕を前へ進ませようとしているのだと感じた。

次の日から、僕は少しずつ自分の未来について考え始めた。ミヨコの家に居候しながら、何が自分にとって大切なのか、何を成し遂げたいのかを見つける旅が始まったのだ。彼女の存在が、僕の人生に新たな光をもたらしてくれることを信じて。





時間を割いてくれてありがとうございました。

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