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短編小説 「プリントのお届けに向かいます」


その日、中学校のテストプリントを森田に届けた。

六時限目の授業が終わって教室を出た時、赤いジャージ姿の中村先生に呼び止められた。

「これ、森田に届けてくれるか?」と、先生はテストプリントを僕に見せた。

森田は『引きこもり』だった。彼を最後に見たのは小学校六年の夏休みが明けた最初の登校日、それ以来一年以上彼の姿を見ていなかった。夏休み前は普通に登校していたし、普通に遊んでいた、なのに突然、彼は姿を見せなくなった。

「先生が届ければいいじゃないですか」と、僕は断った。それがいつものやりとりだった。そう言っても先生が自ら届けたことはなかったし、おそらく、忙しい時だけ僕を頼っているからだ。

「頼むよぉ、帰り道だろ」と、先生は手のひらにプリントを置いた。

「わかりました」と、渋々受け取った。


森田の家は帰り道にある。そこを通らないと大きくまわり道をしないといけない。彼の部屋はーー部屋が変わってなければ道に面した西側の部屋だ。帰る時間に明かりがついてることはなく、いつもカーテンが閉まってる。
小学校の時から何回もプリントを届け、翌朝に答えが書かれたプリントを受け取って先生に届ける。プリント郵便を請け負ってから今まで彼が出てくることは一度もなかった。

彼にはきっと自信がないんだ、自分のやりたいことが言えないんだ、親がうざいんだ。だから、引きこもって自分を守ってるんだ。


いつものにように森田家のインターホンを押した。いつもならすぐにお母さんが出てくるはずなのに、その日は出てくる気配がなかった。もう一度押した。だけど、反応はなかった。

もう一度インターホンを押した。森田は『引きこもり』だから家にいるはず、プリントをポストに入れておけば済むことだった。だけど、その時は誰も出てこないことに腹が立った。

もう一度押した。
もう一度押した。
もう一度押した。
やっぱり反応はなかった。

「出てこい!プリント届けに来たんだ!」と、僕はインターホンに叫んだ。「いつまで引きこもっているつもりだ!プリントを届けに来たんだ!顔くらい出せ!」やっぱり反応はない。

「そうかわかった。なら、郵便業務は今日で終了だ!プリントが欲しかったら俺のスマホに電話しろ!番号はポストに入れておく!」カバンからノートを取りだして、ページの端をちぎって番号を書いた。

「あ……」と、インターホンから、かすれた声が聞こえた。卑怯なやつだ、聞こえていたくせに郵便業務をやめると言ったら声を出しやがった。

「カオナシか!表に出てくるか、ハッキリ言うかどっちかにしろ!」

「プ、プリントは欲しい……」と、小さい声だったけど確かに耳に届いた。「届けてほしい……、学年連絡の漫画が読みたいから届けてほしい……です」今度はしっかりとハッキリとした言葉で聞こえた。

「働き方改革だ!窓口受け取りのみになった!欲しかったら家まで来い!」そう言い残して、家まで帰った。


家のドアを開けようとした時、声が聞こえた。森田の声だった。

「もり、森田ケイタです!僕のプリントを受け取りに来ました!」と、息をきらして下を向いていた。

「ほら」と、手に持っていたプリントを森田に渡した。久しぶりに見た、森田は背が伸びていて髪がボサボサだった。ヨレヨレの黒いTシャツ姿に赤いジャージのズボンを履いていた。

「ありがとう」と、森田の顔は赤かった。

「この漫画、別に面白くないだろ」と、僕は言った。本当に面白くなかった、絵は上手いが話はつまらないし、パクったような漫画だった。

「面白いよ!わかりやすい話だし、なにより成長していく主人公がかっこいいんだ」と、森田は笑いながら語った。

「そうか。次も読みたかったら取りに来い」

「ファンレター届けてくれる?描いてる人に」と、森田はおどおどしながら僕の様子を伺うように言った。

「明日の朝、受け取る。用意しとけ」

森田は笑った。

久しぶりに見た笑顔だった。





時間を割いてくれてありがとうございました。

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