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日記の毎日投稿を辞めようかと思った

毎日日記を書き続けて9カ月近くになる。初めの頃は毎日文章を書き続けている自分をスゲェと思っていましたが、今はあまりにも日課すぎてそういう感情はなくなりました。なにせ毎日書いているのですから。自分に酔いしれることがなくなった反面、苦痛に感じることもたまにある。特に、何か予定を入れたい場合。仕事を終えた後に映画を観に行こう、と思っても、日付が変わる前に日記を書かなければ毎日更新が途絶えてしまうので、行くに行けない。映画に限らず、仕事後に何かしら予定を組む際は、必ず日記を書く時間を確保しておかなければならない。1000字書くとして、約1時間ほど。なかなか筆が進まない場合は2時間くらいかかることもある。

1回1回のストレスは大したことないが、これが積もり積もって、ある時「なんでこんなこと続けてるんだろう、仕事でもないのに。辞めたって誰も何も言わないのに。辞めれば好きなことをする時間が増えるのに。」と爆発する。これはいたってまともな思考で、なぜ続けているのか自分でも疑問である。ただ、このnoteというサービスは人間心理をうまく利用してくる。

少し前にスクショしたものなので、今はもう少し数字が増えておりますが、毎日このようなアナウンスをしてくる。今日で◯◯日連続投稿ですよ!とね。この数字が毎日1つずつ増えていくのを見ているので、ちょっとした気の迷いで途切れさせる訳にはいかない!という使命感が生まれる。まあ、憎らしいけど、これはこれで程よい拘束力になっているので、僕としては助かっています。

1カ月ほど前、実はかなり極限状態だった。日記を辞める一歩手前だった。もういいや、と糸が切れかけたのだ。しかし、この日記は僕の生活の中で唯一の創作活動だ。僕は日々、ただただ誰かが作り出したものを消費し続けるだけのロボットなので、せめて、こんな拙い文章でもかまわないから、何かを生み出すことでアイデンティティを保ちたいんだ。子も作らず、結婚もせず、高額な納税をするわけでもない。社会にとっては負の産物だ。そんな事実を突きつけられていては、とても正気じゃいられない。自己満足でいいから、自分は社会に何か価値を提供しているんだと思わせてくれ!そのために、苦しくても毎日の日記を続けている。続けていく。

どこかの誰かが貴重な時間を使って僕の文章を読み、何かを感じてくれたならば、それって十分価値のあることなんじゃないか。少なくとも、1人部屋に閉じこもってアニメを観ていても、サブスク料金の一部が制作側に回る程度だ。それよりかは役に立っていると信じたい。

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