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コールセンター日誌(忘れもしない大型台風が来た日)

今から2年ほど前の9月、私は関西にある某損害保険会社のコールセンターで派遣社員として働いていたが、大型台風の脅威を抱くと同時に命と仕事のどちらが大切なのか分からなくなるようなことがあった。

私らは火災保険の請求を希望するお客様の受付窓口として、お客様から電話が入ってくると事故内容、加入中の保険契約などを電話で聴取していた。
そして、その聴取した内容をSV(スーパーバイザー)という名の我々オペレーターのリーダーが内容に誤りがないかチェックして保険担当者にお客様の事故情報を送っていた。

その頃、特別警戒級の大型台風が関西に上陸する可能性があると情報が入った。
これまで経験した台風よりも強いものがくると考えると「家は壊れないだろうか」とか、「そもそも会社へ出勤しないといけないか」と色々思いが巡ったが、
会社からは基本的に出勤するよう言われた。

5歳以下のお子様がいる方は、保育園が休みだからと休んでおられたが、私のような独身者などはそういった休む理由がない。

台風のなか出勤して怪我を負うリスクもあるし、家のことが心配だとか、単に体調が悪いとかちょっと考えれば休む理由は色々と思いつくが、台風の日に出勤すれば手当てがつくと言われた。

目の前でお金が吊るされて、魚みたいに食いつくようなのもどうかと思ったがお金は欲しい。

出勤できても、電車が運休になっていつも通り無事に退勤できるかふと思ったが、運休になる情報は朝には出ていなかったのでまあ大丈夫だろうと思ってしまった。
朝の電車に乗り込むと、いつもより妙なぐらいに電車の中はガラガラで嫌な予感がしたが、時間通りに電車が運行されてたので、私は会社へ出勤してしまった。

出勤したら、所定の席にすわって電話を取り始めた。
この頃はまだそこまで電話も多くなく、以前に関西で起きた地震被害であったり、ケガをしたから保険請求したいという電話がポツポツとあるぐらいだった。

嵐の前の静けさというのか。
ふと窓の外を見たら、風は少しある程度だが雲の動きは早く空が薄暗い。


やっぱり大型台風が直撃するのか。

我々の憶測は当たっていたようで、昼頃になって風が一気に強くなった。
従来の台風ならまあ何とかなるだろうと思っていたが、これまで経験したことのないような風の強さだった。
職場は高層ビルの中にあるオフィスなのだが、強風でビルが地震のように横に揺れている。
上司が慌てつつも、テレビをつけてNHKのニュースにチャンネルを合わせたら、やはり四国地方を通って近畿地方に昼頃に直撃するとのことだった。
ビルの下を見たら、風で色んなものが飛ばされていた。
同僚の中には、ビルの横揺れに酔って気持ち悪くなったからと言って早退する人がいた。


私はこんな大型台風が直撃するなか、お金のために出勤している。

台風でビルが揺れているなか、台風で家に被害が遭った方たちの話を電話で聞いていたが、会社に出勤して電話業務をしていてもこんな大型台風がきていたら電車だって運休になるはず。
そりゃあ朝から出勤する人もいないし、朝の電車も人がいないわけだ。
ここまでくると、無事に電車に乗っていつも通りの時間に帰宅できるかどうかも怪しい。

上司たちは電車がなければタクシーに乗って帰ればいいというが、同じようなことを考える人は多いだろうし、タクシーを無事に捕まえて帰宅できるどうかもわからない。


予想どおり、私は帰宅難民になった。


私がいつも使っている電車は運休になり、何時間たっても運転再開の目処はたたず。
駅には、サラリーマンやOLと思しき人々が溢れ返るほどいた。
タクシー乗り場に行ってみたが、今まで見たことないくらいに行列ができていて、私がタクシーに乗れるのはいつなのだろうかと途方に暮れる。
同じタイミングでバス乗り場にも行ってみたが、遠目で見る限りタクシーと同じくらいに行列ができていたので即座に諦めた。

風は止んだものの、大粒の雨はまだ降っていて、徒歩で簡単に帰宅できるような場所に住んでいないし、やっぱり電車やタクシーのいずれかで帰りたい。


ああ、出勤なんてするんじゃなかった。


後に聞いたが、この日に欠勤していたスタッフに対して「人数が足りないから」と上司や派遣会社の社員から出勤を要請する電話があったらしい。

コールセンターは関西だけでなく、東京や九州など全国各地にあるんだから、大型台風が通過して命に危険が及ぶリスクがある時ぐらい出勤停止にすべきだと、ある同僚はまっとうなご意見を言っていた。

この会社はスタッフよりも自分たちの仕事や利益が優先なんだろうなと改めて感じた。
スタッフはあくまで会社の小間使いであって、不要になれば容赦なく首を切るといった場面を何度も目にしたし。


最終的に、私は夜8時半ぐらいに無事に帰宅できた。
いつも使っている電車は今日中の運転再開が無理そうだったので見切りをつけ、家から徒歩30〜40分ぐらいのところにある地下鉄の駅から降りて帰った。
地下鉄に関しては、たまたま夜7時過ぎぐらいに運転が再開したので、帰れるうちに帰ろうと思って躊躇なく乗り込んだ。
駅から降りた後はけっこう雨が降っていて傘でカバーできないところはすぐに濡れてゲンナリしたが、このまま駅で帰宅難民になっているよりかはマシだと思った。

ちなみに、この日に出勤していた同僚たちも私と同じく帰宅難民になっていた人が何人かいた。
運良くタクシーに乗れた人もいたが、電車の運転再開を駅でずっと待っていたため、帰宅時間が深夜になった人までいた。

災害時にタクシーに乗れた人は会社からタクシー代の実費を申請すれば全額支給されるが、なぜか電車代やバス代は全額支給してもらえない。
電車が一部区間しか運転再開されてないため、いくつか電車を乗り継いで帰宅した同僚がいたが通常よりも2倍近く交通費がかかったと言っていた。
だが、それでも電車代については災害時でも規則で支給されないらしい。

派遣社員には通勤交通費が支給されないのだが、こんな災害時にでもタクシー以外は支給されないとは悲しい話だなと思った。


大型台風が去った翌日から、台風被害の連絡が関西地方のお客様から殺到し、この台風の被害の大きさを否応なく感じることになった。
一時は1万件以上の被害連絡が殺到し、電話で1時間待ちしていたお客様もいらっしゃり、電話口で「いつまで待たせるんだ」とイライラした口調で仰る方がいた。
こんなに被害連絡が殺到したら、既存のスタッフだけでは対応しきれないので、本社から応援として100人ぐらいの社員が集められることになった。

応援が入ったことで、我々のような派遣社員の負担は多少減ったが、連日同じような台風被害の連絡を受けていると、自分で気分を上げることでもやっていない限り、どんどん気分が沈んでくる。

結局、3ヶ月近くは台風被害の連絡が続くことになり、その間に同僚も何人か辞めていった。

今となれば一つの思い出として振り返ることができるが、再度この一連のことを経験したいかと言われればやりたくはない。

やっぱり仕事のために命を犠牲にしたくないので。


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