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女神 2[オリジナル短編小説]


最初から



4

それからは簡単な話だ。
我々2人は子供ながらに、不純異性交友というものを何度も犯した。親に隠れて、何度も裸で抱き合った。
歳の割に圭太は手馴れていた。私が初めての時も、痛くないように時間をかけて丁寧に触ってくれた。それもそうか、彼はきっと小さい頃からずっとこんなことをしていたのだろう。


「........なんで?」


と、あるとき一緒のベッドに寝そべりながら問いかけた。色々と主語だとか抜けていたのに、圭太はその問の大体を理解した。


「まだ小さな子供の頃から、よく女の人に気に入られて、抱きしめられたりすることが多かった。
あかりちゃんのお姉さんもその一人で、そしてあの人は初めて僕が........あの、あのね、」

「いいよ、そこは無理して言わなくて」


言葉が詰まって、苦しそうな顔をした圭太を見て、私は慌ててそう言った。


「別にあれが嫌だったわけじゃないんだ。むしろ僕は、この行為が好きだからたくさんしたい。女の子の体も好きだし、それにただ仲良くするのが大好きだ。
でも、あの経験のせいで、たまに自分のことが気持ち悪いと感じてしまうようになった」


それ以上は聞けなかった。圭太が泣き出したからだ。とても辛そうで、見ていられなかった。私は圭太の震える肩を抱きしめて、「もう大丈夫」と囁いた。
私に縋り付く圭太の体を布団で隠した。口元が緩んだ。





5





明確に「付き合ってほしい」と言い合った訳ではなかったが、言葉にせずとも私達はすでに恋人の関係になっていた。学校でも家でも、人目を避けて色々な所で抱き合っていた。まだ中学生なんだし、子供同士で肉体関係があったなんて親達が知ったら大事になりかねない。
なので普段は友達同士として仲良くして、関係のことは秘密にしていた。


それが裏目に出てしまったのだと、すぐに分かった。
中学二年になり、六月には修学旅行で三日間他県に行くことになる。私と圭太は別々のグループで観光地を巡ることになった。とても寂しかったが、クラス内で公平にくじ引きで決められたことなので仕方ない。


私のグループは最初に有名な寺に行き、その周辺にある縁結びの神社にも行った。圭太のグループも同じようにその神社に行っていたらしく、私達が神社に到着したときには、彼はクラスの女子と腕を組んでお守りを買っている所だった。

圭太はとても楽しそうで、女子が顔を近づけて何かを囁いているのに対し、ニッコリと微笑んで愛おしそうに頭を撫でていた。私が見ていることにも気付いていなかった。
それを目撃してしまった私は、流石に動けなくなったりはしなかったが、かなり打ちひしがれていた。なんとか取り繕って、グループの皆と笑い合いながらその後も観光していたが、ずっと心は伽藍堂だった。修学旅行が終わるまでの記憶がほとんど吹っ飛んでしまってる。それほどショックだった。



圭太は校内で、様々な複数の女子と親密にしている様子が多く見受けられた。一年の頃は仲良くしていた男子たちも彼を遠巻きにして少々疎んでいるみたいだったが、女子の手前でその感情を剥き出しにすることはなかった。
反対に女子からは絶大な人気があり、いつも彼には誰かしら女子がくっ付いていた。
それどころか、休み時間の教室で、カーテンに隠れてクラスの女子とキスをしたりと、とてもお盛んな様子だった。





「もう来ないで」


それでも懲りずに会いに家に来る圭太に、私はそう言うしかなかった。悔しいが、私より可愛い女の子は学校にたくさん居る。きっと圭太も地味な私なんかよりも、華やかで美人な女の子の方がいいはずだ。
私が居なくなっても、きっと困らない。




「もうあんたとは終わり」


玄関先でそう告げると、圭太は元々大きな目を更に大きくして私を見た。唇が動き、なにか言いたそうに息を吸ったが、吐息以外は何にもなかった。


「私のことなんか、本当は好きでもないでしょ。ほかの女の所に行けば?」


自分で言ってて情けない。劣等感でどうにかなりそうだ。
泣きそうになったのを、必死に隠しながら圭太を睨み続けた。


圭太の視線は私の顔から、首、そして胸元に落ちた。ここ数ヶ月で急に大きくなったそこは、服の上からでも分かるほどの存在感があった。そこを切なそうな顔で見つめる姿に、呆れるしかなかった。この期に及んでも、それなのか。


「最低だよあんた。私はもう疲れた。あんたのせいで毎日悲しいんだよ。もうほっといてよ」


ポロッと大粒の涙を零した圭太の鼻先で、しっかりと玄関のドアを閉めた私だった。

その後圭太は二度と私の目の前に現れなくなったーー........、と言えたら良かったのだが、その後帰宅した私の父親に玄関先で泣いてるところを発見され、圭太はとりあえず家に入れられた。情けなくて笑いが出そうだ。





何事かと心配している私の両親に、圭太は「あかりちゃんとお付き合いしていました。僕が周りの女の子にちょっかい掛けまくってるせいで振られました」と、馬鹿正直に話したのだ。しかも、肉体関係があったことも正直に。


当然私と圭太は怒られた。母は私に、もっと自分を大事にして節操を持てと怒り、父は圭太に俺の娘を弄びやがってと、今にも殴りかからん勢いだった。
圭太の両親もやって来て、事情を聞いて私の親と似たような反応をした。

それから皆で長いこと話し合って、結果、何故か私は圭太との付き合いを継続させることになった。親の監視が多少強まった状態でだ。流石に常に見張られることは無かったが、今後圭太が学校で他の女子に手を出す様なことがあればすぐ様両親に連絡が行くようになり、そして私達が寝ることも禁止された。清く正しく、ってやつだ。

まぁ、禁止や監視とはいっても隙はあるのだ。私達はその隙を見付けては、今まで通りの官能に酔いしれていた。

相変わらず学校では圭太に寄り付く女が後を絶たなかった。彼自身が周りに私と付き合っているということを大々的に宣言してからは尚更、目立たない私なんかすぐに蹴散らせるとばかりに迫ってくる女が増えた。
私はそう言った女どもに毎日のように嫌がらせをされたが、全く苦にならなかった。親が認めた恋人同士なのだ。誰がなんと言おうと、圭太は私だけのものだ。


圭太は子犬のように私にまとわりついてきた。今まで他の女に分散されて向けられていた愛情が、ようやく私一人だけに向けられるようになったのだ。


それから数年は、私の望み通りの生活が遅れた。しかし青天の霹靂という言葉がまさに似つかわしく、それでいて私にとって忌まわしい出来事が起こるのだ。


6




さて、時間を一気に進めてしまおう。じゃないと、つまらない私たち2人の惚気話をダラダラと書くだけになる。


私たちは26になり、私は小さな会社の社員となり、圭太は親の会社に就職した。
仕事には不満も満足もなかった。有り体に言えば「普通」だ。

半年前に圭太と婚約して、来月に寿退社を控えている時分だった。私が抜けたあとの補充として、一人の女性が中途採用で入ってきた。


「はじめまして」


初日に、自己紹介をするために私の前にやって来た彼女は、私の顔を見て直ぐに言葉を失ったらしい。私もそうだった。

「夏美?」幼なじみの夏美である。中学に入っていじめにあい、いつの間にか転校してそのまま音信不通だった彼女だ。

黒縁眼鏡を掛け、長く艶やかな黒髪をスッキリとまとめた出で立ちだ。昔はもっとふっくらした体型で、笑顔をたくさん見せていたのに、目の前に立っている大人の彼女は、それとはまるで違う雰囲気だ。


「久しぶり........。元気だった?」

「う、うん」


強ばった笑顔を見せ、両手を胸の前でギュッと握り合わせる夏美。何故そんなに怯えるんだろう。


「ずっと気になってたんだよ?転校してから何の連絡もないし、そもそも転校することも知らなかったんだから」


嘘だ。ずっと気になってたなんて。
彼女のことはずっと忘れていた。幼い頃はよく遊んでいたが、小学生になってからは「あの件」もあって圭太と一緒に遠ざけていたし、彼女が転校したことも、圭太のことしか考えてなかったので、どうでもよかった。


「色々あったの。........寿退社するって聞いたけど、相手ってまさか.........」

「ああ、うん。圭太と」


私が答えた瞬間、彼女の目がキラリと光ったような気がした。その光がどういう意味のあるものなのか、その時は分からなかった。何れ分かることなのだが。







夏美の仕事ぶりは非常に優秀で、正直、私の後継として入ったのでなかったら嫉妬していただろう。入社して二週間もすれば、上司や周りの同僚も彼女を認めた。以前同業の会社で働いていたというのだから、優秀なのは当たり前かもしれない。
それにしても、以前の会社は今の会社よりもずっと大手なのに、彼女は何故辞めてしまったのだろう。

退職の理由を尋ねたことが一度だけある。しかし夏美は右手でメガネを押さえながら静かに微笑んだだけで、何も答えることは無かった。その表情で全ては読み取れなかったが、察した。きっと中学生の頃にいじめられて転校したように、その会社でも彼女にとって何かしら辛いことが起こったんだろう。


「夏美ちゃんかぁ、懐かしいな」


その頃の私と圭太は同棲していて、毎晩の食事は退勤時間が早い圭太が担当していた。彼の作った夕食を摂りながら、会社でのことを毎日話していた。もちろん夏美のこともだ。


「すごく美人になってるよ。仕事も出来るし」

「へぇ。夏美ちゃんすごいね。........そうだ、今度皆で会おうよ」


と、圭太はなんてことが無い笑顔でそう言った。子供のように屈託のない、綺麗な笑顔だ。
それを見て私の心が曇った。中学生のあの件以来、彼は私以外の女と会うことはなかった。いや、私の目の届く範囲では、の話なんだが。彼の親の監視下にある社内や、同棲してほとんど一緒に過ごしている私の監視下の内では、他の女と親密そうに話すこともデートの類も一切しなかった。
彼は元々性欲も強いし女たらしの面がある。性欲の面は私が付きっきりで相手するので良いが、女と話せないのは辛いのだろうか?そこら辺はどうしても把握できないが、彼はそれを克服したのかもしれない。
どちらにしても、愛嬌があるけど頭はそんなに良くない圭太に、監視の網を掻い潜って悪さをする狡猾さはないと思えた。


続く

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