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Q州からの手紙

由美子は今年で28になる、所謂「妙齢なる」お年頃だった。由美子は理容師の免許を高校卒業と共に取得し、そのまま理容室で働いている。由美子が働いているのはよくあるご婦人向けのおしゃれなヘアサロンではなく、チェーン店のしがない理容室だった。もちろんそこには老若男女、さまざまな客がやってくる。激安が売りの理容室だからサラリーマンが多かったが、お年寄りから子供まで時間帯によって訪れる客も様々だった。

由美子は本当はもっとおしゃれなヘアサロンに勤めたかったが、なかなか良い就職口が見つからず、やっとの思いで見つけたのが今の職場だったから真面目に一生懸命に働いた。由美子の母はとっくに逝ってしまっていて、ふるさとには父一人が誰の世話ににもならずに暮らしていた。年金だけでは当然家計は成り立たず、少額ながら由美子は仕送りをしていた。着たい服も買わずに古着屋さんでうまくコーディネートしていた。

「いらっしゃいませ」、由美子はいつも通りに、来店してきた客に声を張り上げた。

その時だった。由美子が仲良くしていた地元の友達が、ニコニコ笑いながら券売機で買ったチケットを指で挟んでひらひらとさせていた。

「いやー懐かしかー」
「由美子、元気にしとると?」
「見ての通り」
「あんたまだ八重歯が残ってて、子供の頃と変わらんとねー」

由美子は仕事中なことも忘れて、博多弁丸出しで喋っていた。

「ちょっと石井さん」

店長に呼ばれて、、ハッと我に返った。

「あたし、もう少しで仕事ハケるの。そしたら少し話そ」

ウインクをして由美子は仕事に戻った。仕事が終わると友人はこの暑い中お店の入り口で佇んでいた。「そんなとこ突っ立ってたら、熱中症になると」。由美子は友人の様子をうかがっていたが、大丈夫そうなので近くのカフェへと急いだ。

「なんで私の働いている店が分かったと?」
「あらら、知らないの?学校のHPに全部載っているのよ」

とにかく、由美子は懐かしさのあまりに博多弁で捲し立てたが、やがて親友である彼女が言った。

「ねえ、博多弁で喋るのやめない?」
「ええっ。どうして?」
「なんか恥ずかしい」
「わかった」

由美子は古着で固めた上下だったが、その親友の彼女はとても洗練されていて、黒いワンピースの生地はスベスベ肌触りも良さそうにシックで上品な佇まいだったし、いかにも高級そうなブランド物のベルトに、由美子でもわかる数百万はするであろう、これまた高級腕時計をしていた。由美子は自分の出立ちがとても惨めだったし、博多弁の会話を「恥ずかしい」と言い捨てた親友に対して、嫉妬と距離感を感じさせる羨望の入り混じった複雑な気持ちに陥っていた。

「ねえ恵美は東京で何しているの?」
「何しているって?」
「だからどんな仕事をしているの?」
「仕事?私、結婚したのよ。こっちの人と」
「うわー凄いね。私も寿退社したい」
「ちょっと由美子に話があったの」
「なになに?悩みなんてなさそうだけど。私より遥かに優雅に暮らしていそうだし」

恵美は言った。

「アルバイトみたいなものだけど、少しお金を稼がない?凄く失礼だし、由美子は傷つくかも知れないけれど、見た感じでは相当お金に困っているんじゃない?とても簡単な仕事なの。ほら、由美子は昔から顔立ちも整っているし、モテモテだったでしょ?私なんかよりも男子に人気があったもの」

由美子は突然の提案に少々躊躇しながらも仕事の内容について尋ねた。

「ただ寝転がっていれば良いの。それで一日5万円貰えるのよ、素敵な仕事だと思わない?」
「それって、、、あの良くわからないけれどフーゾクとか関係ないよね?」
「嫌だ由美子。何よ風俗だなんて。親友を悪の道に引き込むと思う?」
「そうだよね、ごめん。私、東京ってまだ慣れていなくって」
「ところで由美子、今どこに住んでいるの?」
「ここから東武東上線ですぐ。大山ってところよ」
「ふーん聞いたことない。でね、ちょっと由美子んちに遊びに行ってもいいかな?」
「ダメダメ!散らかっているし、賃貸の1Kよ。それこそ、こっちが恥ずかしいし」
「そういうのには慣れているから。ねえ、良いでしょ、ホンの数分でいいの。お茶いっぱい飲んだら帰るから」

恵美に押し切られて、由美子たち二人は東武東上線の駅へと歩き出した。

つづく