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補助線を描くことで見出された画期的新薬

前回、絵葉書を使ったワークで、「考える」と「想う」の違いと、アート思考が斬新な発想のための補助線を見出すことを説明しました。今回は、補助線を描くことで、従来の常識を覆したイノベーションの事例を紹介します。


がん治療の新たなコンセプト「がん免疫療法」

2018年のノーベル医学生理学賞は、「がん免疫療法」という新しいコンセプトを確立した、京都大学特別教授の本庶佑氏と、米国テキサス大学教授のジェームズ・アリソン氏が受賞しました。従来のがん治療の主流は、外科手術、放射線治療、そして抗がん剤の3つでした。これらは、がんそのものを取り除くか、直接攻撃するものです。しかし、二人の研究者は、私たちの身体に本来備わっている免疫細胞を利用することで、特定のがんだけでなく、多くのタイプのがんに効果のある新しい治療法「がん免疫療法」を開発したのです。

免疫の研究から見出された補助線

本庶氏がこの研究に取り組む以前、1990年代に、がん細胞が特有の抗原をもっていることが明らかになり、このがん抗原を投与することで、がん細胞に対するワクチンを作ろうという試みが行われました。ところが、これらのワクチンは、あまり効果がありませんでした。そのため、製薬会社の人たちをはじめ、がんの研究をしている人たちは、がん免疫は有効ではないと考えるようになりました。

本庶氏はもともと免疫の研究をしていました。1991年、免疫細胞(T細胞)の細胞死を誘導したときに発現量が変動する遺伝子としてPD-1を発見しました。ところが、この遺伝子がどんな機能をもっているか、しばらくわかりませんでした。1998年、PD-1を欠いたマウスを作ったところ、免疫機能が更新している症状がみられ、PD-1が免疫機能を抑制していることがわかったのです。さらに、がん細胞がPD-1に結合する分子を発現することで、免疫機構から逃れていることを示唆する結果も得られました。従来の常識を覆す補助線を見出したのです。

画期的な成果と新たな治療法の誕生

以上のような結果から、本庶氏は、PD-1を阻害する薬剤を作ればがんの治療薬になると考えました。しかし、がんを重点的に研究していた製薬企業は、がんワクチンが効かなかった前例を知っていたため、本庶氏の提案を受け入れることはありませんでした。そして、がんに取り組んでいなかった小野薬品工業社が受け入れ、米国のメダレックス社 (現:ブリストル・マイヤーズ スクイブ社)とPD-1に対する抗体の開発を行いました。さらに、臨床試験を医療機関に依頼した際も同様に、なかなか協力してもらえなかったそうです。

しかし、実際にがん患者さんに投与してみると、既存の抗がん剤で効かなかった症例に対しても効果がみられ、一躍注目されるようになったのです。2014年7月、日本で悪性黒色腫の治療薬としての製造が承認されました。それ以来、数多くの癌腫での承認を取得しています。この薬剤をはじめとして、がん免疫をコンセプトとした治療薬も次々と登場し、がん治療の第4の柱として確立しました

補助線が導く新たなコンセプト

がんを専門的に研究してきた人たちは。過去の研究結果をもとに、本庶氏の提案を頭で考え結果を予測してしまったと思われます。医薬品の開発には十年以上の長い期間と多大な開発費がかかることから、過去にうまくいかなかった創薬コンセプトよりも、全く新しいコンセプトの方を採用したくなってしまいます。一方、本庶氏は、自分の研究をもとに再検証することで、過去の結果を覆す可能性を見出しました。自分の研究が補助線となって、他の人には見えなかった新たな地平を見つけたのです。

前回、絵葉書のワークを紹介しましたが、頭で考えていると、自分がもっている知識を超えるのは難しい五感で身の回りの事象を観察し洞察することで、思考が飛躍し、他の人には思いつかないような斬新なコンセプトを創出できるようになるのです。

アート思考で補助線を見出し、常識を超える斬新なコンセプトを創っていきましょう。


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