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演技力で我慢いらずの禁煙を楽しむ 世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム㉙

ニヤニヤとワクワクが止まらない、我慢しない禁煙


「これで最後…」と誓いつつ、
いったい何本のたばこを
もみ消し続けてきただろう…

でも、スタジオの非常階段で
銀の靴のような月を眺めながら
吸ったあの一本は私にとって
正真正銘の最後の一本となりそうだ…。

禁断症状も一切ないどころか、
既に禁煙に成功してしまった!という確信と
ワクワク感が止まらない。

なんだろう、この感覚と確信は…
こんな事、今までの禁煙ではありえなかった

最もありえないのが、
たばこを思い出すことが
ぜんぜん怖くないということ!

むしろ、喫煙者やたばこの自動販売機を見かけるのが
楽しみでしょうがない。

誰か、早く私がたばこを吸わなくなっている
のに気づいて~とか思ってる…

今までなら、たばこ友達や街で見かける喫煙者、
喫煙所…はてはたばこの自動販売機まで、
怖くて怖くて禁煙中はいつも目をそむけて生活していた。

なぜなら、幾度となく経験した
「一本くらいなら…」
という悪魔の誘惑と
挫折、自己嫌悪の繰り返しは
いつもそれらがきっかけだったから。

たばこをなるべく頭に思い浮かべないように、
見たり、思い出したりしそうな機会を避けるのが
今までの禁煙中の過ごし方だった。

けど…思い出さないようにすればするほど、
見ないようにすればするほど、
ますます頭も心も「たばこ」のことだらけで
ソワソワ、イライラして何も手につかない

惨めで、辛くて、
「何のために…こんな不自由な目に会わないといけないの…」
って勝手に逆切れして
「私の人生!好きなこと自由にする権利がある!」と
再び吸う…

一瞬の安堵…
…たちまち襲ってくる罪悪感と自己嫌悪

「ああ、私はたばこの奴隷だ…、一生たばこと
付き合っていかなければならない不自由な身なのだ…」と

うーん、たばこを吸うのは一体全体、
自由の証なの?それとも不自由なの…
吸うのも吸わないのも辛いなんて…

とにかく、進むも地獄、退くも地獄の
喫煙者の身の上を改めて痛感するのが
今までの私にとっての禁煙であった…

ところが、今回は楽しい妄想ばかり
してしまう。

たばこに誘われて
「ありがとうございます。でも、もう
吸う必要が無くなったので…」と平然と断っている
自分がスゴク楽しみ。

でも、それだと相手にあまりに気の毒だなぁ…

「ありがとうございます。でも…なぜだか、
急に吸えなくなってしまって…残念です…」
が良いかもな…

きっと相手は同情の眼差しを私に向けながら
「えー、大変だね…大丈夫?」
と気遣ってくれるだろう。

でも、私には分かっている。

彼らの同情の眼差しが嘘なのを…

実はうっかり私へ羨望の眼差しを
向けないという自覚されない目的を
達成するための振る舞いなのだと…

本人でさえ気づいていないかもだが
内心の奥の奥では「また、行き遅れた…」という
取り残されたショックをチクリと感じている…

今までの私のように…

なんてことを考えながらつい
ニヤニヤしてしまっている…
それぐらい楽しい。

なぜ、13年もやめられなかったのに、
いとも簡単にやめられたのか?

それはまさに演技訓練で養った
想像力と五感の訓練
そして、行動の力にほかならなかった…

無意識下の行動に気づく訓練としての無対象行動


その日のレッスン私は五感の訓練の締めくくりとして
味覚と嗅覚の訓練をしていた。

実際には無いはずのコーヒーカップを眺め、
コーヒーカップを手に取り、
コーヒーを飲み、
その味や匂いを舌や鼻に思い出させる訓練だった。

「どうですか?」

「凄く難しいです。むしろ、コーヒーの味や匂いを思い出すのはかなり大丈夫なのですが…」

匂いは私の得意分野だった。
先生が言うには情動の記憶をつかさどっている部位と嗅覚は非常に近い位置関係にあり、匂いがきっかけで感情が動く俳優が多いとのことだった。

私にはスゴク納得がいく。

「ただ、コーヒーカップの扱い方が難しすぎて…途方にくれてしまいます」

「そうですね。先ずは細かくする事から始めましょう。想像のカランを回す感覚をつかめたプロセスを思い出してください。行動を小さな単位に分けたり、行動の解釈を検討し直すことで実感が伴ったかと思います」

「はい…」

先生は実際のコーヒーカップを持ってきた。

「私たちはコーヒーカップを実際にはどのように持っているのか、それぞれの指や手のパーツはどのように連携して働いているのかを細かく点検してみましょう」

無対象行動はパントマイムではない


「私たちが無対象と呼んでいるこの訓練は、正確には想像上の対象を持つ行動訓練といいます」

「はい」

「俳優の感覚への記憶だけではなく集中力、想像力、観察力、そして行動の論理と一貫性を鍛えることができる訓練です」


「行動の論理と一貫性?」

「はい、受験番号を見つけるにしろ、カランを回すにしろ、目的を達成するために抜けてはならない小さな行動のつながりがあります。それらが一片でも抜け落ちてしまうと実感を伴わない「行動しているふり」だけになってしまいます」

「そうすると身体を上手に物語に誘導しにくくなるのですね」

「その通りです。よくパントマイムと間違えられますが、「観客がまるでそこに何かがあるように見えること」が目的なのではなく「もし、ここに~があるとしたらどう行動しますか?」という質問に正確な行動で答える訓練です。

「なるほど…」

「日常では無意識だったり、反射的に行われる数々の身体的行動の論理と一貫性を意識的に復活させて行動への観察力や感覚や実行力を鍛えることができます」

無対象の秘訣 コーヒーカップは持たない


「では、コーヒーカップを持つ実感を得るために、指一本一本の働きを見ていきましょう」

「指ごとに…」

「はい、先ずコーヒーカップは「持つ」のではなく、人差し指を取っ手に通し、カップをぶら下げ、中指の背中で取手を支え、親指の腹とともにバランスを保つことの結果として「持てている」のだとイメージしてみてください」

私は実際に人差し指でコーヒーカップをでぶら下げた、そして言われるとおりにやってみた…


コーヒーカップを持つのはどのような行動の積み重ねで成り立っているのか?

すると、確かにそれぞれの指の役割が違う…

「もう一度、カップをおいて最初からやってみてください。そして、再び無対象でやってみましょう」

私はゆっくりと
そこに無いはずのコーヒーカップを扱い始めた…

指一本一本の役割と指のどの部分にどんな刺激があるかを
思い出させながら…

すると、確かに私はコーヒーカップを
いつもこのように持っていると実感できる…

私たちが日常では見逃している無意識の瞬間
私たちが日常では感じていると自覚出来ていない感覚達…

無対象の行動で描写しようとすると
埋もれていたそれら無意識下の行動や微細な感覚がまるで
顕微鏡をのぞき、スローモーションで見ているかのように
眼の前に広がっていく…

「もう一つ、ホットコーヒーは「飲む」のではなく「すする」のに気づいてください」

なるほど…ほんとだ…

味、匂いを楽しむのはもちろん…
暖かいコーヒーが食道を降りてゆく感覚…
胃が温まる…
その温かみが胃からまた顔まで戻ってくる感覚…

「実際にコーヒーを飲んだ時のように心も身体もホッとするような感覚になりました!」

「素晴らしいですね!そうするとドトール代も節約できますね」

「せっかくですからパリのカフェにしときます」

「すると飛行機代まで節約できてしまいますね、アハハ!」


パリのカフェでリラックスする

「地味で根気のいりそうな訓練ですが、このように取り組めれば止められなくなりそうですね」

「スタニスラフスキーが熱心に薦めた訓練です。彼は言いました「小さな真実をつくりだすことができるということ、これはもはや創造である…小さな身体的行動を遂行する人は、システムの半分を知っている人だ」と」

まるでコーヒーを飲んでいるかのような気分とリラックスした状態。
その時にふと思いついた。

コーヒーと言えば私にはたばこだった。

むしろ、たばこのために入るのが
カフェだったりする。

「先生、ひょっとして無対象でたばこを吸うと本数減らせたりできますでしょうか?」

「たばこ代まで節約しますか…アハハ…。たばこを吸われるのですか?」

「はい、恥ずかしながら…実はできればやめたいとは以前から考えているのですがどうも意志が弱くて…」

「では、この無対象と今日まで学んできたことを活かして禁煙でもしてみますか?」

「少しでも減らせれば良いのですが…」

「いや、一本も吸わないほうがはるかに簡単ですよ。実際、私も演技の訓練のお陰でそれまで止められなかったたばこを楽しくやめられましたから」

「楽しく?!ほんとですか?…できれば私にもその秘訣を教えて欲しいのですが…」

「もちろん良いですよ。では、これを宿題にしましょう」

「はい」

「あなたがたばこを吸う目的は何かを明らかにしてきてください。それから、たばこを吸う無対象を正確にできるようにしておきましょう」

「行動の目的と正確な行動ですね」

「そうです。いわばノンスモーカーになる役作りをするのだと考えてみましょうか」

「面白そうです!」

内心は不安で一杯だった
禁煙は本当に辛い…
なによりも、やめられない自分と向き合い
惨めさを味あわなければならないから…

もしかしたら、禁煙の辛さを避けるために
たばこを吸い続けているのかもしれない…

でも、それにしても…
本当のところ、なぜ、私はこんなにもやめたい
たばこを未だに吸い続けているのだろうか…

改めて考えてみると納得の行く目的が
サッパリ分からなかった…

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