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目の使い方で別人になる秘訣part3 世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム㉓

動機を自分のモノにする前提の事件


「では、始めましょう!上手に校門があり、そこからあなたはやってくることにしましょう」

「はい」

「で、この辺に1枚目の掲示板、あなたの番号が載っているのはその隣の2枚目の掲示板という事にしましょう」

と、言うと先生はアクティングエリアのセンターを指示した。

あの何もない空間に自分の番号を見つけなければならない…
とたんにフワフワしてきてしまう。

「あなたの目的はなんでしたか?」

「…私は…あなたに…、私が…あなたの…期待通りかどうか…を教えて欲しい。です」

だめだ、響いてこない…
さっきまで、目的を唱えると役の気分が生じていた気がしたのに…

「あなたは今からその目的のために行動しなければなりませんが、その前にしなければならない重要な事があります」

「はい」

「いいですか、あなたは、本当に、行動したくなる、必要があります」

「はい!今ちょうどそれを感じていたところです…。何をしなければならないかは分かっているのですが…なんだかその目的が急に他人事のようになってしまって…」

「いいですか、この場に来る人には様々な動機があると思います」

「はい」

「番号を見ても驚かない人もいるでしょうし、喜ぶけど泣かない人も沢山いるでしょう。一見、同じような事をしていても、人それぞれココに来る目的が違いますし、見えている世界が違うからです」

「はい」

見ている世界が、人それぞれなのは、前提の事件が違うからです

前提の事件?」

今のあなたの状態に最も影響を与えている直近の出来事という意味です

「今の私の状態に影響を与えている事件…」

「昨日すでに志望校に受かったという事件を経験した人と、昨日すべり止めに落ちたという事件を経験した人とでは、この場所の見え方や目的とするところが違ってしまうのはイメージできますか?」

「なるほど…」

「分析した目的を本当に達成したいという動機があなたの中に本当におきなければなりません」

「はい」

「あなたはその行動の動機が起きてしまうであろう事件をありありと想像するのです。リアルに想像したことと実際に起きたことをあなたの身体は…?」

「区別しない!」

「そうです。あなたに何が起きたのであれば、設定した目的を達成したくなるのだろうと想像してみましょう。あなたの目的は「私があなたの期待通りかどうか教えて欲しい」でしたね…」

「…その目的がしっくりくるという事は…私は前提として、期待外れと思われかねない何かをしでかしてしまったと考えられますよね?」

「そうですね、いいですね!何があったのでしょうか?あるいは、あなたが何かしでかしてしまったのでしょうか?」

「試験本番に実力を出し切れなかったのかも…」

「例えば、…」

「全く手が付けられない問題が多かったり…」

「では、その状況をじっくりと想像してみましょう。何が聞こえたり、見えたりしそうですか?」

「はい…」

私は、周囲の受験生が走らせる鉛筆の音を聞いた…
皆がドンドン解答用紙を埋めていく
一方、私は英語長文の内容が全く頭に入ってこない

明らかに自分が劣っているのが分かる
監視員たちが私に同情の眼差しを向けている気がする…

ココを目指したのは大きな間違いだった
うぬぼれ過ぎ…と何度も自分を責める声も聞こえた

「今、どんな気分ですか?」

「敗北者のようです…」

「結果が知りたいですか?」

「いいえ…」

「それがあなたの状況でしょうね…しかし、意志は別です。目的をもう一度言ってください」

私は噛みしめるよう口にした…

「私は、あなたに、私が、あなたの期待通りかどうかを、教えて欲しい」

「どんな気分ですか?」

「なんだか祈るような気分です」

「掲示板に向かう役の人物の状況を身体で感じ、目的を遂げたい想いが自分にあるのに気づけますか?

「はい!」

「では、見に行きましょう。あなたが期待に応えられる人間なのか、それともあなたを応援した皆をことごとく失望させる人間なのかを」

私はこわごわ掲示板に歩を進めた
すると先生がささやいた

「平気な顔して行きましょう。あなたの横には友人もいるはずですよね?」

そうだった…

「あなたがビクビクしているのを知られないように、普通をよそおいましょう」

平気な表情をしようとすると、内側でさらに葛藤が増し、いつでも泣けそうな気分だった…

演技の修正 小さな行動を検証する


「はい!ありがとうございます!自分の演技を振り返って見てましょうか?」

「すみません…、思ったように泣けませんでした…。番号を発見する所まではいけそうな気がしていたのですが…」

「ですね…自分の番号を発見した瞬間の行動、その後の行動が正確ではありませんでした」

「そうなんですね…。確かに行動に迷いがあった気がします」

「あると分かっているものを探す。あると知っていたモノを見つけて、驚くのは当然難しいです」

「私も行動があいまいだという気づきがありました。以前なら、緊張のせいにしていたと思いますので演技の振り返り方に少し成長を感じてます」

「確かに、もっと集中していれば結果としてよりリラックスして素晴らしい演技になったかもしれません。しかし、集中とはある一点に注意を注ぐことです。どの一点に注意を注ぐべきかを知らなければ集中はできませんし、リラックスも生まれません。リラックスそのものを目指しても意味がありませんしね…」

「番号を見つける直前と直後が難しかったです」

「そうですね。あなたを全肯定する存在を見るという行動ではありませんでした。途中から感情を感じたい人になっていましたね…」

「そのつもりは無かったのですが…」

「だからこそ小さな行動の正確な再現性が要求されるのです。どうしても、ちゃんと演技したい、ト書き通りに演じたい、失敗したくないという俳優の目的が第一義的ですから…」

「はい、それをかき消すのは難しいです」

「恐らく完全には消せることはないでしょう。だからこそ、その深い轍に車輪が取られハマりきらないよう、役の人物が目指すべき小さな目的を明確にし、すべき小さな行動に邁進しきる集中力と技術が重要なのです」

役の行動に集中するには本物の動機と行動の小さな点まで正確に再現できる力が必要


小さな行動を正確にする


「あなたの番号があるのは当たり前ですか?」

「いえ、むしろ今の設定では無い事を覚悟しています」

「ですよね。という事は単に番号を見つけるまではドキドキしているだけではなく、落ちてもショックを受けないような構えをしているのが想像できますか?」

「はい…番号が無くても友達の手前泣いてはいけないと思い、平気なふりをしようとしていました」

「そこへ、番号を見つけたとすると、あなたの身体にとってはあり得ない事が起きたという経験をしているはずです」

「はい、理屈はわかります」

「ところが、あなたは何かしら直ぐに感情を表現しようとしたのです」

「表現しようとしていた?」

「感情を表現しようとするのは、人物の行動ですか?それとも俳優の行動ですか?」

「俳優の行動です…」

「そうです。そもそも、感情は表現しようとするモノでは無く、勝手に生じてしまうモノです。感情表現しようとするのは身体の仕事ですか?頭の仕事ですか?」

「頭です…」

「そうです。あなたは不合格を覚悟していた、だからその身体は今から起きるであろうショックな事になるべく反応しないようにと身構えていた。そうでしたね?」

「はい…」

「ところが、番号があった。身体にとっては逆の方向に引っ張られたのが分かりますか?」

「予測と現実が逆方向です…」

「私たちは予測していなかった大きな事件が起きると一瞬、反応できなくなるのが分かりますか?」

「なるほど、…何が起きたのか一瞬分からないというか目を疑うという瞬間ですね」

「そうです。その瞬間を経験できていませんでしたし、次の瞬間の行動が不正確でした。恐らく、ぬか喜びしないように今経験していることを慎重に確かめるという一瞬の行動があるはずです」

「私は逆に大喜びしようとしていました」

「身体がついてこないはずですよね…」

「はい、…無理やり何かを感じようとしていたのだと今改めて分かります」

「あなたは全否定を覚悟していたのに、全肯定の存在を見たのです…その経験は大切な人に見捨てられるはずだったのに、実はずっと見守られていた、という事に気づいたのに似ていないですか?」

「なるほどです…」

「あなたの番号を見つけた時の一瞬の行動、そして次の瞬間の行動を身体感覚を伴ってイメージしなおしてみてください」

私は、言われたとおりにじっくりとイメージしてみた。
イメージに伴い身体感覚も様々に変化するのが分かる…
出来る気がする…

「先生、もう一度やりたいのですが…」

「もちろんです。やってみましょう!ただし、演じてはいけない」

「はい、演じません!行動します!」

想像力で動機が起きる事件を経験し小さな行動を正確に積み重ねる


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