アイドル彼女は素っ気なくて甘くて 第96話
大学に入学して、
だいぶこの生活に慣れてきた。
というか1年半程度の時間を
大学生として過ごしてるわけだし、
当たり前と言えば当たり前。
大学2年の夏
じめじめした空気の中、
キャンパスの中でずっと過ごし
講義をこなしていく毎日。
暇だとかそういうことではなく、
講義の内容は実力相応だろう。
でも"大事な歯車"をなくしたように、
どこか淡泊で憂鬱。
別に、大学生活を楽しもうなんて
最初からそんなタイプの人間ではないし、
こういう時間の使い方も
ある意味、性に合ってると流し込む。
黒い雲が空を覆って
テンションを更に擦り減らせてくるが、
昼食を買うために校舎を出て
近くの手ごろな定食屋に向かう。
無駄に広大なキャンパスの中、
楽しそうにベンチで談笑する
輩になんて目もくれず、
無心で足を動かして
定食屋のいつものやつを…
◯◯:うわっ!?
??:あたっ!
無心になり過ぎて、
曲がり角で
"女性"にぶつかっていた。
…
…
◯◯:すいませんっ!…大丈夫ですか!?
一瞬視界に映った情報によると
そんなに小柄ではない女性とはいえ、
かなりの勢いでぶつかってしまい
一方的に突き飛ばしてしまった。
??:あたたぁ~…
とりあえずパニックになりながらも、
転んでしまった女性に手を差し出す。
帽子を深めに被っていて、
顔や表情は全く分からない。
◯◯:怪我はありませんか?…本当にすいません…
??:いえいえ、私は全然へーきへーき。
何となく聞き馴染みある声
俺の手を取る力加減の感覚、
立ち上がった女性の顔を見て
俺は最近で一番驚いた。
◯◯:"聖来"…?
聖来:え、◯◯やん。
…
…
◯◯:何で聖来が、こんなとこに居るんだよ。
聖来:何でって、大学やし。
◯◯:ここなの?え、マジで?
聖来:あ、私のことバカ扱いしてるやろ。あんま舐めんで下さいますぅ?
芸能界を引退しても、
笑顔の明るさはまるで変わらない。
もはや安心感まであるし、
若干大人びた雰囲気も感じる。
聖来:ま、この大学は理系だけすごいからな、文系と比べられたらそりゃ、うん。
◯◯:そっか、聖来も大学生か。
聖来:ここで話すのもアレやし…あ、お昼は?
◯◯:今から定食屋に、
帽子を取りながら聖来は、
ぐいぐいと顔を近づけてくる。
綺麗な瞳は真っ直ぐに、
俺の汗ばむ顔を見つめている。
聖来:一緒に、カフェでも行かん?
◯◯:いやだから、俺は定食屋に…
聖来:さっきせーらのことぶっ飛ばしたやん、忘れたとは言わせん。
◯◯くっ…
いつの間にか聖来に手を握られて、
俺は走らされていた。
ーーーーーー
聖来:え、あの学部なん?やっぱ頭ええわ。
学生やらカップルやらが湧いている
1人では絶対に来ないであろうカフェ、
偶然の気まぐれか"元アイドル"と共に
向かい合って座っている。
◯◯:逆に何で、1年半も会わなかったんだろうな。
聖来:私の学部が2年次から、通ってるキャンパス変わったから?
◯◯:あ~、なるほど。
違和感しかない、
これじゃあまるで"大学生"だ。
昼休みに異性とランチなんて、
…大学生じゃないか。
聖来:元気にしてた?
◯◯:まぁまぁ、かな。
聖来:ふーーん、
◯◯:自分から質問しといて、返事それかよ。
聖来が美人オーラを放ちまくって、
周りからの目線を相当感じる。
その1つ1つが俺には痛い、
あんま目立ちたくないのに。
◯◯:なぁ聖来、あんまこういうところいるのも、バレたりしたら嫌なんじゃないの?
聖来:せーらのことなんか、誰も覚えとらんよ。
◯◯:聖来こそ、元気にしてたのかよ。
聖来:んん~~~、"まぁまぁ"っ
ムカつく返事をした聖来は、
そのままの勢いでサンドイッチを頬張る。
「んふ~っ」と鳴き声を発するのも、
変わらないクセだ。
聖来:今日、雨降りそ。
◯◯:だな。
登校したときよりも
空の色はどす黒くなっていて、
この程度の天気でも休講とかに
してくれないかと願いはじめた。
聖来:◯◯の心ん中みたい。
◯◯:…は?
聖来:せーらの"まぁまぁ"と、◯◯の"まぁまぁ"って、だいぶ違うと思う。
…
…
聖来:蓮加のこと、ずっと気にしてるんやなぁって。
"大事な歯車"というのがなんなのか
だいたい見当はついていて、
ただし自覚したら負けたような
そんな印象も捨てきれない。
◯◯:なんだよ、分かったような言い方で、
聖来:分かるよ、2年間も一緒に居たら。それに、◯◯のことが好きだったのは、せーらもそうだったし。
◯◯:馬鹿言ってんなよ…
聖来が初めて自発的に、
俺から目線を逸らした。
コーヒーを半分くらい飲んで、
口紅が塗られた唇を突き出していた。
聖来:連絡取り合ってんの?
◯◯:いや、してない。
聖来:えっぐ。
◯◯:しょうがないだろ。
口ではこんな言葉が出てくるが、
どこかでこの話ができる人物を
欲しがってたのかもしれない。
聖来:いまでも、"好き"なん?
◯◯:……好きだよ、
元はといえば、俺は
"受験"のためにああいう選択をした。
そんな受験を乗り切ってみれば
そこが山場とはっきり言えるくらい、
今の生活はとてつもなく"普通"で
全くの無味としか説明できない。
◯◯:大好きだよ。
聖来:頭おかしいほど、一途なんやな。
いつからこんな気持ちに、
なってしまったのか。
ますます釣り合わない人を
どうしようもなく好きになる。
聖来:それでこそ、◯◯って感じ。
◯◯:はいはい。講義あるんだから、早く食って帰ろうぜ。
聖来:そうね。たまにはまた、一緒にご飯行こうや。
伝票を何食わぬ顔で渡してきて、
「ぶっ飛ばした代」と呟く聖来。
「はいはい」と受け取ると、
そっと耳に顔を近づけてくる。
聖来:蓮加のこと、よろしくなっ。
◯◯:俺が今更、どうしろっていうのさ。
聖来:それはぁ~、自分で考えてや。それかもしかしたら、もしかするかもなぁ…
◯◯:どういう意m…
雨が今にも降りそうな空気の中、
俺の質問を聞かずに聖来は駆けていた。
脚、めっちゃ速いんだな。
呆気に取られていたら、案の定
雨が降り出してしまった。
ーーーーーー
聖来と再会した日の夜、
◯◯:はぁ…
バイト終わりにすぐさま帰宅して、
夜食をだらだらと作る。
とある"3人組アイドル"の
最新曲を聴きながら、
余りものを消化するためだけに
考えつくつまみを揃えていく。
別に酒なんてわざわざ飲まないが、
何となく昔に浸りたくて。
また、柄でもなくSNSを開き、
またハッシュタグで検索。
◯◯:蓮加、俺…
思い出してしまう、
全部。
そのとき
正気を取り戻させるように、
突然インターホンが鳴った。
こんな遅くに用事なんて
何も頼んだつもりはないのに、
文句でも言ってやろうかと
通話ボタンを押す。
◯◯:どなたですか。
??:◯◯くん、
…
…
都内の比較的安い木造の、
ワンルームのアパート。
インターホンにはカメラは無く
誰が喋ってるか顔は分からないが、
間違いなく声の主は、
◯◯:…"蓮加"?
蓮加:…来ちゃった。
心のどこかで求めていた
その人だった。
ーーーーーー
続く。
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