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アイドル彼女は素っ気なくて甘くて 第94話

暁翔:あぁ!?別れたぁ!!??


◯◯:先生と、ほんっとに同じリアクションするなよ。




夏休み前最後の登校日、


昼時に俺らしかいない屋上から

こだます暁翔の絶叫。


暁翔:そりゃビビるだろ、お前たち"バカップル"が別れるなんて…世紀末だ。


◯◯:いや、喧嘩してとかじゃないからさ、


暁翔:じゃあ何で!?


「別れた」という言葉は

勿論正しいのだが、


決して"嫌になった"という

わけでもないのが説明しにくい。


つまり、俺と蓮加は一緒に

とある決断をした、


その結果が"別れる"という

ちょっと寂しいものだった。


少し話は戻り、

1週間前くらいのこと。




ーーーーーー




麻衣:あぁ!?…別れる!!?


ある日の放課後、


芸能科会議室に先生を呼び出し

俺と蓮加からその旨を伝えた。


麻衣:え、嘘でしょ?


◯◯:本気です。


蓮加:本気です。


麻衣:いや、疑ってるとかじゃないだけどさ…


"え~~?"という文字が顔に出るくらい

先生にしては分かり易い表情で、


俺の顔と蓮加の顔を交互に

見比べては下唇を突き出している。


麻衣:急にどしたのさ、ラブラブだったのに。


◯◯:先生、真剣に話せますか?


麻衣:もち。


絶対に半分ふざけている、

…言動だけは。


多分、先生は真摯に話を聞いている、

何年も見たらさすがに分かる。


◯◯:ネガティブな気持ちで、別れるわけじゃないです。


麻衣:というと?


◯◯:お互いの将来を考えたときに、これからは1人の"世界"に集中すべきじゃないかと思ったんです。


麻衣:また大層なことをお考えに、


うまく言葉にすることが難しく、

先生に言う前は正直緊張していた。


それでも意志を汲み取って、

理解してくれたらしい。


麻衣:蓮加ちゃんも、気持ちは決まった?


蓮加:"女優"の道を、自分で歩いてみます。


麻衣:これからは誰も助けてくれないよ?…それでも、成し遂げられる?


蓮加:はい!




蓮加が"乃木坂"を卒業して

数日が経ったころ、


互いの進路について面と向かって

2人きりでゆっくり話した。


麻衣:蓮加はこう言ってるけど、◯◯くんは賛同する?


◯◯:もちろんです。蓮加の夢はどんな場所に居ても、どんな関係でも応援します。


結論をいえば、


蓮加は女優の卵として

今までとは違った芸能界を行き、


俺は大学受験まで全力で勉強し

志望校への切符を勝ち取る。


何十年の人生の中で

たった数年の出来事なんて、


成功しようが失敗しようが

大した問題じゃないと、


…世間が言うこともある。


麻衣:分かった。じゃあ、◯◯くんも意志は固いね?


◯◯:妥協せず自分を磨いていって、受験に望みます。


でも俺も蓮加も、

そうは思えなかった。


このタイミングで

それぞれの人生は大きく変わる、


後戻りできないほどに変わる

そう感じていた。


麻衣:蓮加はどう思う?


蓮加:どんな間柄になっても、◯◯くんの夢をずっと応援します。


くじ引きなんて

馬鹿げたことから始まった関係、


今となってはかけがえのない

生活、思い出、出会い。


麻衣:了解。じゃ、あなたたちの好きにしなさい。


蓮加:ありがとうございます。


だけど、お互いのために

お互いを大切に想っているからこそ、


1歩、2歩と離れていって

進むべき道を真っ直ぐ見るべきだ、と。


今は、

"1人"で苦しむ時だ。


麻衣:ただし、もう二度と…この関係に戻れなくなることも在ると、分かってるね?


◯◯:承知の上です。蓮加と2人で、決めたので。




ーーーーーー




暁翔:なるほどなぁ~。ま、お前らがそう決めたんなら、良いんじゃねぇか。


◯◯:もちろん、寂しいよ。でも、そんなこと言ってられる場合じゃない。


暁翔:俺も応援するよ、2人のこと。


ポケットに両手を突っ込んで

ネットフェンスに寄りかかる暁翔、


その表情は安心しきったようで

ほんの少し口角を上げながら呟く。


暁翔:それは分かったけどよ、家どーすんだ?


◯◯:今のマンションは俺が責任もって掃除するし、ちゃんと最後まで使わせてもらうよ。


暁翔:れんたんは?


◯◯:蓮加は実家に帰って、1人で暮らすって。


別にそこまでしなくても、と

思う人も周りに少なからずいる。


自分で言うのも

なんだか寂しいが、


特殊な"芸能界"を目指す蓮加にとって、

俺の存在は重荷になる。


それに、蓮加がずっと隣に居たら、

俺もどうにかなってしまいそうで。


暁翔:「愛」ゆえに、ねぇ…お前らっぽいよ。




◯◯:2人でいたら集中できないし、別れるってだけだから。


暁翔:寂しいかい?


◯◯:…


顔に出るのは、

お互いさまってわけだ。


俺の唇をいやらしく撫でまわし、

眉を動かしてからかう暁翔。


◯◯:お、お前こそ!…今後どうすんだよ。


暁翔:実家の店、継ぐよ。親父がやってんだ、いわゆる"伝統工芸"ってやつ。


◯◯:そっか。でも大丈夫か?確か美術の成績、低かった気が。


暁翔:おいおい、美術は"美術"だけが要素じゃあないぜ?


美術の成績が低いことは、

全く否定しない様子。


でも暁翔なら自力でなんでも、

成し遂げていくのだろう。


暁翔:んで、沙耶香とこれからも仲良くできたらな~、ってのが俺の目指す進路かな!


◯◯:俺もお前のこと、応援する。


暁翔:良い意味で変わったな、◯◯。


「暑くね?戻ろうぜ」

と陽気な声を張って、


俺の肩を抱えたまま暁翔は

校内へ戻る階段へと向かっていく。


暁翔:受験、頑張れよ。俺はバカだから、何もしてやれないけど。


◯◯:どーも。


冴えない男子高校生に

1人くらい居るにぎやかな"親友"、


それがこいつで

本当に良かったと思う。


暁翔:あ、俺のこと好きになってるだろおい。


◯◯:良いヤツだと思うよ。


暁翔:即浮気か、度胸あるな。


◯◯:誰がお前に恋するかよ。




ーーーーーー




夏休み初日、

昼前の自宅で。


蓮加:じゃ、行ってくるね。


◯◯:行ってらっしゃい。


蓮加:◯◯くんも、夏季講習しっかり頑張ってね!


◯◯:うん、ありがと。


キャリーケースをころころと

転がしながら玄関に向かう蓮加を、


若干重い足取りで見送る俺は

傍から見ればだらしないだろう。


◯◯:忘れ物ない?大丈夫?


蓮加:だいじょぶっ、何度も確認したからね。


今日、正式に同棲状態を解消し、

"彼氏"と"彼女"ではなくなる。


それはお互いのため、

分かってる、分かってる。


◯◯:よし、じゃあ~、気を付けて。


蓮加:うんっ!!


スニーカーを履き終わった蓮加が

すごい勢いでこちらに振り返って、


俺の大好きな表情で手を広げた。


蓮加:◯◯くん、2年間ありがとね。




玄関と廊下の間の段差、


俺は少し足を折り曲げて

蓮加を抱きしめた。


◯◯:ありがとう、蓮加。


蓮加:いひひ…


叶うなら、

ずっとこうしていたい。


だけど今は、

ダメなんだ。


◯◯:ほら、早く行かないと。


蓮加:ん、じゃあねっ。


いつかまたこんな日が、

来ることを夢見て。




ーーーーーー




続く。

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