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アイドル彼女は素っ気なくて甘くて 第95話

蓮加と別れてから

半年くらい経った頃、


白い息を吐いて

出かかった鼻水を啜りながら、


志望校への道を最寄駅から歩くのは

何だか面白い経験だった。


他の生徒と道を譲り合いながら、


たまにぶつかりそうになっては

知らない者同士で会釈を交わしたり。


"他人"にとにかく優しく、

"身内"にめっぽう厳しい。


日本人の社会というのは、

そういう側面があると思う。


ある意味、それは残酷で

すぐに見放されてしまう可能性もある。


そして"選択"される瞬間は、

人生に何度も何度も襲ってくる。


今日が、その日だ。


選ばれなければならない

勝たなければならない、


それだけの思いをもって

望めば叶うこともあると。


何もかも黒く見えて、

絶望しか感じなくなって、


一度、"生活"そのものから

いっそのこと消えてしまおうかと、


考えてもいた俺に

そう教えてくれたのは、


傍に居ない「大好きな人」

その人だった。




そして、

3月上旬。


合格発表の日を迎えた。


汗でぐちゃぐちゃ

挙句、小刻みに震える手で、


マウスを握りしめて

大学の特設サイトを開いた。


ファイルをダウンロードして、

受験番号の羅列を確認する。


◯◯:…頼む。


多分、見方は個人それぞれで

別れるんだろうなと、


無駄に冷静な心の片隅で

要らないことを考えていた。


美佑:お兄、番号過ぎてんじゃね?


◯◯:え、マジ?


美佑:だって、"1846"でしょ、あったじゃん。


◯◯:……


何でこんなに我が妹は

無表情でいられるのか謎だが、


上にスクロールして戻し

1846の受験番号を確認する。


◯◯:…ほんとに有るし、ネタバレすんなよ。


美佑:教えてあげたのに、ツンデレすぎ。


緊張しているようで、

頭はボーっとしていたのか。


珍しく俺の隣の椅子に腰かけて、

妹も笑顔を見せていた。


美佑:お兄、おめでとっ。


◯◯:ふふっ、ありがとう。


腿の上で小さく、それでも力強く、

ガッツポーズを無意識にしていた。


それにだんだん目頭が熱くなって、

俺は静かに泣いていた。


◯◯:何でだろ、泣けてくる…


美佑:泣きなよ素直に、今日くらいはさ。


祝ってくれてるんだか、

けなしてきてるんだか…




妹はこんな兄より

ずっと大人びていると、


家族として暮らすたびに

羨望していた対象でもあった。


そして今やそんな妹は

"アイドル"として躍進を続けて、


もう兄の手の届かないところまで

行ってしまったんだなぁ、と。


◯◯:…美佑って、案外優しいよね。


美佑:そりゃあ、あなたの1人だけの"妹"ですから。


第1志望に合格した、

これでまた1歩踏み出せる。


少しでも自分も大人になれるように、

気持ち新たにはじめよう。


美佑:蓮加さんに、報告しなくて良いの?


◯◯:仕事で忙しいだろうし、そんな報告なんて…


美佑:はぁーーーー。大学には受かんのに、そういう偏差値は低そう。


椅子にだらんと腰かけながら、

行儀悪く俺お手製のパスタを食べている。


少しでも優しいと思った

お兄さんが馬鹿だったよ。


◯◯:こっちも事情があるんだよ。


美佑:事情ね、あっそ。


◯◯:こんな俺でもやればできるんだ。美佑はもっともっと、輝けるよ。


美佑:私のこと、大好きかよ。


その日の夜は家族で、

ちょっと贅沢な外食をした。


今までの"何か"が1つでも欠けていたら、

こんな未来にはならなかっただろう。


高校生活、

長いようで短かった。


…楽しかった。




ーーーーーー




数週間後の昼時、


夏まで蓮加と住んでいた家に、

"最終確認"のために来た。


明日には退去を完了し、

もうこの部屋ともお別れ。


先生によると

4月からは一ノ瀬さんと冨里さんが、


ここで一緒に住むらしく

その行動力はさすがだと感じた。


掃除は念入りに済ませたはずだが

根っからの心配性が発動し、


本当に忘れ物など無いか

チェックをしたかった。


…と、言っておけば気持ちは楽で、

本当は寂しかったんだと思う。


"モノ"が何もない空間を見て、

ちょっと前までの光景が浮かんでくる。


ここに来たらもしかしたら

蓮加に会えるんじゃないか、


◯◯:居るわけ、ねぇのにな。


あり得ないと

分かってるのに。


未練がましい自分自身が、

少し嫌いになった。




部屋の隅々まで確認し終わって、

蓮加とのメッセージ画面を見る。


"大学、合格したよ。"


"マジで!"

"◯◯くんおめでとう!"


美佑のゴリ押しを喰らって、

合格報告だけは連絡した。


でも、それっきり。


◯◯:…蓮加、


"今日、時間があれば、家で会えない?"


そう打ちかけて、

辞めた。


ふと、SNSで目に入った、

今日のニュースを見た。


「元乃木坂 岩本蓮加 映画主演に抜擢」


…誇らしかった。


蓮加は"アイドル"でも

"彼女"でもなくなり、


俺は"高校生"ではなくなる。


それっきりでいいんだ、

きっとそうだ。


◯◯:じゃあ、行ってきます。


チェックを済ませた俺は、

先生に鍵を返しに向かった。




ーーーーーー




夜、

私は"家"に来た。


先生に鍵を貸してもらって、

無理を言って来てしまった。


鍵を受け取ったとき

先生は笑っていたけど、


何でかは分からない。


久しぶりに見た

"彼"と一緒に暮らした部屋は、


完璧にきれいになっていて

掃除を丸投げしてしまった罪悪感が凄い。


蓮加:居るわけ、ないよね。


ここに来れば、

会えるような気がした。


…寂しかったんだと思う。


「支え合おう、これから。」


「俺…蓮加のことが"好き"です。」


「ずっと応援してるから、頑張ってね。」


「蓮加を、愛してます。」


「さっきまで、素っ気なかったくせに。」


「蓮加と一緒に、"幸せ"になりたい。」


何度も◯◯くんは、

言葉にしてくれた。


彼のおかげで

私はここまで、


そしてこれからも

努力できると思う。


◯◯くんで良かった、

◯◯くんじゃなきゃダメだった。


蓮加:私も、愛してるよ。




マネージャーさんの車に乗り、

麻衣先生の自宅へ向かった。


東京の夜はにぎやかな筈なのに

光と闇のコントラストが激しく見えて、


切ない気持ちの大きさにも

嫌でも気づかされる。


"鍵返しに行きます"


"あ、寂しそう"

"さみし?"


先生とのLINEが更新されていく。


この人は凄い人だけど、

やっぱり性格は合わない。


…この前、◯◯くんから

嬉しい報告があった。


大学へ合格したこと、

自分の事のように嬉しかった。


"もちろん寂しいです"


"かーわいっ"


"嬉しい報告できるようにならないとね"

"ほら、今日の主演のやつとか"


蓮加:ひひっ


私も絶対、

頑張るよ。


あなたには、

応援してて欲しいな。




ーーーーーー




続く。




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アイまい第92話〜95話

参考楽曲


Elvis Costello

「She」

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