アイドル彼女は素っ気なくて甘くて 第99話
蓮加:お疲れさまでした。
午後9時くらい。
お仕事が終わって
スタッフさんたちに挨拶をしながら、
楽屋から荷物を持って
テレビ局の建物の出口へ向かう。
ありがたいことに
"乃木坂"を卒業した後も、
テレビやドラマのお仕事を
忙しいくらいに貰えている。
最初の頃は自分のことすら
何も手が付けられないほど、
食らいついていくことだけに
精一杯になってしまっていた。
最近は自分のコントロールができ始めて、
私生活も楽しめるようになった。
料理をしたり
ゲームを夜遅くまでしたり、
毎日が充実していて楽しい。
だけどずっと気持ちのどこかで
足りないものがたった1つあって、
それが何なのか分かることが
すごくもどかしかった。
…
…
◯◯くんの家に行ってから、
だいたい1ヶ月が経つ。
ほんの少しだけど、
また連絡を取るようになった。
"お仕事が決まった"
"おめでとう"
そのくらいの内容。
押しかけてしまったこと自体は、
後悔していない。
咄嗟に冷静じゃいられなくなって
そんな行動をした自分に驚いて、
私ってこんなに重かったっけと
"反省"したこともあった。
身勝手な私を彼が
受け入れてくれて嬉しかったけれど、
私たちは「昔とは違う」ことに
賛同してしまう部分もあった。
変わらない部分も有るのに、と
強気な態度で居るうちはまだ、
…私は大人じゃないのかもしれない。
足元に視線を落としながら
向かった出口の前に、
私の"人生"を変えてくれた
到底敵わない人が立っていた。
麻衣:蓮加、やっほ。
蓮加:麻衣先生、
麻衣:仕事、お疲れ様。後輩ちゃんたちが嬉しがってたよ、蓮加先輩に会えて。
今日の仕事は"乃木坂"の子たちと、
珍しく共演の機会をもらえた。
ただし目の前の人はそれだけのことで、
自分の前に現れたりはしないだろう。
蓮加:何か、私に用事が?
麻衣:お、察しがいいねぇ。用事があるのは、私ではないんだけどね。
蓮加:…?
麻衣:蓮加のこと待ってる"人"が居るから、早く行ってあげて。
「一縷の望み」と
言うのがかっこいいのか、
そんなお洒落な雰囲気も
余裕ぶった心も持ち合わせていなかった。
手を振る先生の横を
早歩きでかなり失礼に通り、
ドアを開けた先に居たのは、
…
…
蓮加:…◯◯くん、
◯◯:お、久しぶり。
ーーーーーー
身勝手な願いを、
快く受け入れてくれた。
いつか"彼女"と同じ現場のとき
その日時を教えてほしい、
…逢わせてほしい。
俺の意図を汲み取ったのか
終止半笑いだった先生、
電話を切ったあとに俺に残ったのは
堅い"決意"に間違いなかった。
「良ければ今から」
「ちょっと歩こう」
そう提案したら
"女優"の彼女は大きく頷いて、
昔と同じ目線の高低差で
俺の半歩前を軽快に歩きだした。
…
…
もうすぐ夏本番だろうか、
季節的には本番とまではいかないが
もう酷く暑い日々が続いている。
昨今は異常気象、異常気象と
ニュースの番組は大げさに囃し立てるが、
そんな状況にすら慣れてしまった
人間は恐ろしい生き物だと感じる。
◯◯:俺みたいな"一般人"と、2人で歩いていいの?
蓮加:誘ってきたの◯◯くんじゃん、気にしないでよ。
今は夜中で暑さはだいぶ収まり、
街灯や車のヘッドライトが
歩道をまだら模様に照らしている。
都心ということもあり
行き交う人々は多いが、
他人の顔色まで窺う余裕も
明るさも十分ではない。
◯◯:ごめんね、急に。
蓮加:ううん、来てくれて嬉しい。驚いたけどね。
一般人と
"女優"、
他所から見ればそんな事実、
どうだっていいのかもしれない。
無意識に繋いでいた手と手で、
離れていても分かり合えていたと
肌で実感して笑みが溢れる。
蓮加:どこか行くの?
◯◯:いや、特に行きたいところは無いんだ。久しぶりに蓮加と、2人きりになりたくって。それだけ。
蓮加:相変わらず、言葉足らずなんだから。
明確な"場所"が無くたって
あなたとなら絶対に楽しいと、
歳を重ねたとしてもいつまでも
恥ずかしくて言えないんだろうけど。
ただし頭の中には
少しだけ君との"予定"があって、
俺にとってはとても思い出深くて
それを"今"、共有したい。
◯◯:蓮加、
蓮加:ん?
◯◯:クリスマスの次の日、覚えてる?
ーーーーーー
蓮加:もちろん覚えてるよ。それにこの近くだったもんね、一緒に来たの。
◯◯:ふふ、そうだね。
蓮加:あんな嬉しい思い出、忘れないよ。
歩いてざっと10分くらい、
駅前の大きな通り。
高1の冬、クリスマスツリーの下で、
想いを伝えた場所。
蓮加:結構、風景変わっちゃってるね。
◯◯:まぁ季節が真逆だし、余計に"変わって"見えるかもな。
彼女は"プロポーズ"だと
茶化しつつ嬉しいと感じてくれて、
自分は顔を真っ赤に染めて
寒いせいだと自己暗示していた。
どうやら今の俺には、
そんな思い出が力をくれる。
◯◯:ここ来たら、俺の伝えたいことバレちゃうね。
蓮加:…
◯◯:"あれ"から考えたけど、結局…なんて言うんだろ、蓮加を遠くに感じていたかった。ただ怖くて、それだけで。
「本当の"彼女"になる!」
◯◯:それに蓮加には、"違う"なんて言っちゃって…傷つけて。
「もうちょっとだけ、くっついて良い?」
◯◯:これ以上、何のくだらない感情を守ろうとしてるんだろうって。
「大好きだよ、◯◯」
◯◯:でも蓮加のことを想うと、今まで持っていた気持ちに、変わったことは無かった。
「私も愛してるよ」
◯◯:蓮加、
「もう迷ったりしない。これからも◯◯くんと、2人の"道"を歩いてみたい。」
◯◯:…好きだ。
「"女優"になりたい。」
◯◯:昔も今も、これからも、ずっと。
俺の目を真っ直ぐ見つめる彼女の
両手をそっと握って、
もう向き合うと決めたから
尊敬する"人"へ誓ったから。
◯◯:俺は一般人で、蓮加は女優。俺と居ること自体が、蓮加にとって迷惑になるかもしれないけど…
「また会いたいです」
◯◯:また一緒に、過ごしませんか?
…
…
蓮加:…◯◯くん、
◯◯:あ、いや、返事はすぐじゃなくても…
蓮加:私も、一緒に居たい。
◯◯:だってあなた芸能人だし、スキャン……え?
最後の最後で挙動不審に
なっていた俺の胸の中に、
彼女は勢いよく飛び込んできて
「いひひ」と言いながら笑っていた。
◯◯:…今、何て言った?
蓮加:愛してるっ!!
多分、その一言の音量は
現在の時刻には釣り合っておらず、
通行人の何人かが俺たちの状況を
見てはすぐに視線を戻していった。
蓮加:遅すぎだよ、◯◯くんはいつも。
◯◯:遅いも何も…
蓮加:でも嬉しい。こんなに嬉しいこと、一生の思い出だよ。
プライドが邪魔をして
踏み出せなかった"告白"、
これは成功ということで
良いのかな。
蓮加:ねね、
◯◯:ん?
蓮加:一緒に過ごすって、"同棲"再開ってこと?私はそう受け取ったけども。
◯◯:蓮加が大丈夫なら、そうしたい。
先のことはまだまだ俺たちには
分からないことばかりだけど、
それでも上手くやっていけると
疑う余地なく思えるのは、
◯◯:具体的な計画は、全然無いけど。
蓮加:無計画なの珍しっ。私のこと以外、考えられなくなっちゃったん?可愛いね。
◯◯:そうだよ、うるさいな。蓮加のせいだからな。
"彼女"の隣に居られるからだと
そう確信している。
出会い方は人それぞれ、
終わり方も人それぞれ。
それでも出会った2人が
終わることはあり得ないし、
そんな人生の"過程"でも
色々あっても良いんじゃないか。
…
…
2人ともまだ帰りたくなくて、
その日は夜な夜なカラオケに行ったり
ボーリングで騒いだりした。
◯◯:そういえば、蓮加の最初期の自己紹介見たよ。チョコレート大好き、プリン大好きっつって。
蓮加:恥ずかしいからやめてくれぇ!
世界で一番好きな人と
再び恋仲になって、
照れと嬉しさが混じって
お互い変なテンションだった気がする。
ーーーーーー
続く。
ーーーーーー
アイまい第99話
参考楽曲
UNISON SQUARE GARDEN
「君の瞳に恋してない」
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