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親友である彼へのメッセージ。


彼のことを書こうと思う。

ボクネンさんのことを教えてくれた、友人の編集者のことだ。

彼の本職はノンフィクション作家。主にスポーツ・ライターとして数々の雑誌で活躍してきた。テニス雑誌の編集者としてスタートし、フリーになってからはゴルフ、バレーボール、サッカーや、ワイン、メンズ・ファッションの雑誌や本をたくさん作った。ゴルフにまつわる著作も多い。

新刊の「マスターズ」の本は松山英樹の初優勝の前に出版して現在ベストセラー中。数年前にはテニス少女を主人公にした小説も出した。アスリートの懐深く入っていける心優しきライターであり、鋭く世の中を分析する優秀な編集者でもある。


最初に知り合ったのはもう何十年も前のことだ。

元スポーツ庁長官の鈴木大地がソウル・オリンピックで金メダルを取った後、次のバルセロナを目指す日々を追う企画を彼が編集部に持ち込んだ。その担当になったのが僕だった。

連載は約一年続いた。月二回刊の雑誌だったので、最低でも月に二度はいっしょに大地君の取材を重ねた。千葉にあった練習プールはもちろん、有明の試合会場や金沢の国体、都内の講演会場にまで足を運んだ。大地君が心を開いて僕らを受け入れてくれたのは、とにもかくにも彼がそういう関係を築いてくれていたおかげだ。

連載が終わっても大地君は自分の結婚式に僕らを招待してくれたし、ずっとあとになって日本水泳連盟の会長になったときには僕と彼とのコンビで新たな単行本を作らせてもらったりもした。いい縁をもらったと感謝している。


彼との仕事はどれも思い出深いものばかりだ。

映画監督の大林宣彦さんとのロング・インタビュー。全盲のテノール、新垣勉さんのメッセージ本。マラソンの有森裕子さんの本も作った。ボクネンさんの版画絵本は僕にとっては宝物だ。前職の公共ホールでは連続講座も担当してくれた。

仕事を通じて、僕は彼からいろんなことを教わった。

取材の方法、書くことの流儀、人との出会いの大切さ、新しいことにチャレンジすることの意義。仕事じゃなくても月に一度は必ず飲みに行った。売れ筋の本のこと、いま聞いている音楽のこと、最近見た映画の話、ときには深い人生のあれこれ。

友人はたくさんいても、親友と呼べるのはたぶん彼しかいない。それはいまも昔も変わらないと思う。

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そんな彼が二年前、病に倒れた。

幸い発見が早く、数週間の入院だけで無事に戻ってきた。傍目からは特に症状は感じられない。いつもの明るく話好きな彼だ。

でももちろん、実際はそうではなかった。彼は医者からアルコールを禁止され、塩分を厳しくカットせざるを得なくなったのだ。

退院してからしばらくして、ふたりで飲みに行った。新宿の歌舞伎町の奥にあるカウンターバー。昔からのなじみの店のそのマスターも彼と同じ病を克服していた。

彼はノンアルコールビールを、僕は水割りを飲んだ。彼はしきりにため息を漏らした。「お酒が飲めないことがこんなにも辛いとは知らなかった」。彼がそんなことを言うのはとても珍しかった。僕はなにも言えず、ただ自分のグラスを傾けた。

それから少しずつ、ほんの少しずつ、彼の状況は改善されていった。

日によってはワインをグラス一杯飲めるようになったと嬉しそうに報告してくれた。食事もいろんな工夫をして楽しんでいるようだ。彼の詩を読むと、人生を楽しもうとしていることがよくわかる。それは素晴らしいことだし、とても勇気のいることだと思う。


ところが最近知った。定期検診で彼の数値があまりよくなかったことを。

たぶん、かなり落ち込んでいるのだろう。この状況下で会うこともままならないから、彼の心中を正確に察するのは難しい。

無責任な気休めを言うのは彼の心をよけい悲しませるだけだ。

ただ、これだけは断言できる。

僕はいつだって君のそばにいるし、その気持ちにずっと寄り沿っているよと。

はたして僕のこの願いは届くのだろうか。

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