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論文レビュー #1 加藤敬太「組織美学の生成と発展」を読んで

友人からの紹介で、加藤敬太著「組織美学の生成と発展」(組織学会編『組織論レビューIV: マクロ組織と環境のダイナミクス』白桃書房、2022年10月、pp.181-200)を読んだ。私なりのコメントを記しておきたい。

論文の内容

加藤氏は「組織美学」と称される組織論の新しい視座について文献レビューという形で評価しようとしている。その内容は次のような 点に要約できる。

  1. 組織美学が組織文化研究の新たなパースペクティブであり、組織シンボリズム研究等で重要視されてきたアーティファクトへの美学的アプローチを加えるパースペクティブであること。

  2. 人を動かすために重要な「ロゴス(論理性)」「エトス(倫理性)」「パトス(共感性)」のうち、ロゴスとエトスの観点は組織論や経営学において取り上げられてきたが、パトスの観点は軽視されきており、組織美学はパトスによる組織秩序の形成を議論できること。

  3. 感性を扱うために、多様な方法を組み合わせた研究が必要で、研究方法が確立されていないこと。

  4. 定性的な事例研究を通して進められる組織美学は「感性」を重視した研究群であるため、その内容が多岐にわたっていること。

  5. 組織美学は、感性を扱うことによって従来の論理性や倫理性に基づいた組織研究を補完するが、感性を扱うために研究が困難であること。

内容についての評価(良い論文だが少し残念)

本論文が掲載されている『組織論レビューIV: マクロ組織と環境のダイナミクス』は、マクロレベルの組織論研究への多面的な視点を取り上げて、若手研究者がレビュー論文を書き、それにベテランの研究者がコメントするというものである。加藤氏の本論文に対して、山田真茂留氏が6ページほどのコメントを書いている。組織文化研究を専門とする山田氏のコメントにもあるが、本論文は組織美学の研究をコンパクトにレビューして、多様な観点で位置づけている。組織美学に興味を持つ者が研究に踏み入る際の手がかりになる論文であると言えよう。

ただし、組織文化研究についてある程度知識がある私でもよくわからない展開もあり、山田氏のコメントを読んで理解が進んだという側面もある。組織美学の研究内容を知らない読者であると、最後まで組織美学の研究がどんなものであるかよくわからないまま、その学説的位置づけやアリストテレス哲学との関係、研究の困難さ等を提示されるため、組織美学という研究視座の価値が伝わりにくいのである。山田氏のコメントにある解説がそこを補完しているように思われる。

また、紙幅に制限があるところに意欲的に内容を詰め込もうとした結果ではあろうが、レビューした内容の紹介やそこからの議論がやや淡泊となっている点も残念である。
たとえば、組織文化研究と組織シンボリズムの記述に図表を含めて2ページ超の記述をしている一方で、アーティファクト働きについての美学的観点を加えることについては1.5ページ程度しか裂いていない。記述のボリュームとしては後半を多くした方がわかりやすいと思われる。
また、ロゴス、エトス、パトスとの関連についての論述は唐突に始まるため、読者はその展開について行き難いのではないだろうか。従来の組織論研究や経営学の研究が論理性に基づくものや倫理性に基づくものであって、人を動かす三要素(ロゴス・エトス・パトス)のうち、二つしか扱っていなかったという順序で記述されているだけでも理解はしやすくなるのではないかと思う。

このように少し残念なところもあるものの、組織論に興味があるのであれば一読する価値のある論文である。

論文としての評価

本論文の「はじめに」において、加藤氏は二つの問題意識を提示している。それは

  1. 組織美学の可能性を検討すること、

  2. 組織論の分析に感性を取り扱うことの意義を検討すること、

の二つである。しかし、組織美学が学説史的にどのように位置づけられ、従来の研究視座にどのような視座を加えるかは記述されているが、組織美学の可能性は論じられていないように思われる。組織美学がどのような現象を解釈するのに役立つのか、どのような問題を解決するために役立つのか、といった側面は明確に記述されてはいない。組織美学が人を動かす三要素の一つを視座とすると位置づけたとしても、それだけで可能性があるとか、感性を取り上げることに意義があるということにはならないだろう。
後付けであったとしても、論文の内容に合わせた問題意識にしておくべきではなかっただろうか。問題意識を含めて記述された論文として見てみると少し残念である。

最後に

40年以上、組織論・コミュニケーション論・イノベーション論領域の研究を行ってきて、拙いながらも何本もの論文を書いてきた先達の一人として加藤氏の「組織美学の生成と発展」をレビューした。良い論文であるが故に少し辛口のコメントになってしまったように感じている。興味ある方は、是非この論文を読んでいただきたいと思っている。もしも加藤氏本人がこのレビューを読まれたなら、何かの役に立てていただければ望外である。

2024年5月15日

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