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古代オリエント博物館が取り組む、体が不自由な方やお子さまなどすべての人に届ける学び

サンシャインシティ文化会館7階には、西アジアやエジプト、シルクロードなど世界最古の文明を扱う日本で最初の「古代オリエント博物館」があります。考古学資料や美術品など、世界的にも貴重な展示がされ、日常ではなかなか触れる機会が少ない文明の歴史について、知的好奇心をくすぐるような立体的な展示がされています。
子ども向けの体験教室や、お体が不自由な方を対象にしたイベントなどを実施することで、幅広い人を対象に学びを届ける、公益財団法人古代オリエント博物館の教育普及員である髙見さんに博物館の取り組みについてお話を伺いました。

世界に誇る、日本初の古代オリエント博物館

――古代オリエント博物館はどのような博物館ですか?

髙見
当館は、サンシャインシティがオープンした1978年当初からある、国内初の古代オリエントをテーマにした博物館です。西アジア、エジプト地域を中心に、旧石器時代からサーサーン朝時代までの資料を約5,000点収蔵・展示しているほか、開館当初からシリアやウズベキスタンなど海外学術調査も行っており、世界的にも貴重な研究結果を残しています。

古代オリエント博物館でしか見られない出土品の数々
人気グッズのモチーフにもなっている「コブウシ土偶」

――見たことのない貴重な展示がたくさんありますね。どのような方が博物館を訪れますか?

髙見
歴史に興味のある方はもちろんですが、サンシャインシティという立地柄、ショッピングの合間や、水族館のついでにご家族で立ち寄ってくださる方も多いです。当館で人気のお土産グッズのモチーフになっている「コブウシ」は、もともとパキスタン西部のバローチスターン地方で出土した土偶です。ほかにもユニークな展示品がたくさんあり、また鑑賞補助教材としてワークブックのご用意や、古代文字のスタンプ、おみくじで引いたキーワードをもとに展示品を楽しんでいただく仕掛けなど、小さなお子さまから大人まで楽しく鑑賞いただける工夫をしています。

――家屋の復元模型など立体的な展示も多く、知識がなくても楽しめそうですね。

髙見
そうですね。スペースに広さがない分、展示方法には工夫を凝らしており、特に入口を入ってすぐの「シリアの発掘」コーナーにある復元模型は当館の目玉のひとつ。古代集落の生活風景を垣間見ることのできる展示になっています。

見て、感じて、「体験」できるのが博物館ならではの魅力

髙見
また、最近は「池袋ミステリータウン」という謎解きイベントの会場となっているため謎解きファンの方や、人気ゲームの時代設定に興味を持った方が古代オリエントについてもっと知りたいと訪れてくれるようにもなりました。幅広い層にオリエントの魅力を知ってもらえるのは嬉しいですね。
今は知りたいと思ったときにインターネットですぐに何でも調べられる時代ですが、博物館に訪れることでしか得られないこともあると思うんです。やはりその当時の「物」があるというのが博物館の良さだと思います。発掘コーナーの復元模型もそうですが、実物のスケール感や、重量感、質感などは、目で見て実感できるものなんですよね。

――「古代オリエント」と聞くと、専門的な方に向けた展示がされているかと思いきや、一歩足を踏み入れるととても楽しい空間が広がっていて、博物館の職員の皆さんの努力や工夫を感じました。

髙見
「誰でも楽しく学べる博物館」を目指し、ここ数年、取り組みを強化しているところです。例えば、子どもたちへ向けた取り組みもその一つ。実は2018年の学習指導要領改定により、学校教育の世界史からオリエント文明の取り扱いが大幅に減ってしまったんです。このままだとオリエントという領域を、子どもたち世代が学ぶ機会がなくなる可能性が出てきてしまいました。古代オリエントの歴史・文化を次世代に継承することも難しくなってしまいます。そこで、オリエント史を学んでいない子どもたちに「古代オリエントって面白い!」と感じてもらえるよう、展示の案内方法を楽しくデザインしたり、子ども向けのイベントを多く実施するなど、私も教育普及員として様々な企画や運営を考えています。

――オリエントをよく知らない世代でも、博物館に来てもらうきっかけ作りを積極的に発信していく必要があるんですね。

髙見
そうですね。そして次世代だけではなくすべての人たち、まずは近隣の豊島区のみなさんに古代オリエント博物館のことを知ってもらうことが大切だと思い、これまで情報を届けられていない人たちに一歩一歩届けていく活動をしていくなかで、お体が不自由な方にも届けたいとまず始めたのが、視覚障がい者向けのイベントです。

視覚障がい者でも楽しめる、触って手で知る博物館

――さまざまな障がいのなかでも視覚障がいを対象にしたのはなぜですか?

髙見
博物館という場所は保護の観点から、基本的に展示物はショーケースの中にあることが多いですよね。そういった視覚優位の世界ですが、目の不自由な方にも視覚以外から学ぶ機会を持っていただきたいという思いからでした。
豊島区の盲人福祉協会にご協力いただき、当事者にヒアリングをしながら最適な方法を模索しました。協議を重ねるうちに、触れることと聞くことが情報を得るための主たる手段であることから、目の不自由な方に向けた『触れる展示ツアー』を企画し2022年よりスタートしました。

展示物のレプリカを用いて、出土品の形や重さ、質感などを触れながら学びます。

――どのようにして内容を考えていったのでしょうか?

髙見
『触れる展示ツアー』を組み立てる上では、豊島区や練馬区の盲人福祉協会の方々、筑波大学付属の盲学校の先生、歩行指導の研究をされている大学の先生など、多くの方に関わっていただきました。本物の展示物は触っていただけないため3Dプリンターを使って実寸大の出土品のレプリカを作ったり、印章(ハンコ)のように小さな展示物は模様の面を拡大して詳細までわかるものを作ったりして、理解を深めていただけるように工夫しました。また、復元品を使って土器の形や表面の質感などを触っていただく体験もしています。

――苦労された点などはありますか?

髙見
最初にオリエントの地図を立体コピー機で作ったのですが、目でみる地図よりももっと情報を整理する必要がありました。例えば普通の地図であれば、その他の情報として載せてある隣の国名などは、点字や国境の線などを指で辿って確認するのには邪魔になるんですよね。アドバイスをもらって何度も作り直しながら私たちも学んでいきました。この学びは、視覚障がい者に限った話ではないという気づきもありました。館内の案内表示や展示の解説なども、よく考えてデザインしないと、伝えたいことが伝わらないこともあるのだと。

立体コピー機で作成した凹凸のあるオリエント地図。多くの方からアドバイスをいただきながら、地図を作り上げました。

――今後、どのようなことに挑戦したいと考えていますか?

髙見
耳が不自由な方にも楽しんでいただけるよう、手話による映像の展示ガイドを制作予定です。通常の音声ガイドをそのまま手話にするのではなく、内容を精査し、より伝わりやすい表現に変換するなどただいま準備中です。
年齢や障がいの有無にかかわらず、今後もより多くの方に博物館を楽しんでいただけるよう、アップデートしていきたいと思います。