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モーションキャプチャーによる運動計測#2 〜歴史と他の計測システムとの比較〜

モーションキャプチャーの歴史

モーションキャプチャーの原型

図1:マイブリッジの馬の歩容の連続写真

モーションキャプチャーの原型となる技術はいろいろな形で発展し,その正確な起源を語ることは難しいが,アニメーションの観点からは20世紀初頭のMax Fleischerが紹介されることが多い.バイオメカニクス的視点からは,19世紀のエドワード・マイブリッジ(Eadweard Muybridge)の馬の歩容(ギャロップ)の連続撮影(図1)が有名である.詳細は英語版Wiki

をご覧いただきたい.

マイブリッジに関する日本語のWiki

によればトーマス・エジソン(Thomas Alva Edison)がこの馬の連続撮影に触発されて,映写機の発明を行ったとされている.より,モーションキャプチャーに近い計測は20世紀に入り,ベルンシュタイン問題という身体の自由度のに関する問題提起で有名なロシアのニコライ・ベルンシュタイン(Nikolai Bernstein)の計測が有名である.詳細は下記の動画(音声あり)

を参照されたい.3次元計測ではないが,特徴点としてライトを使用するなど,これこそモーションキャプチャーの原型のひとつといえる.

ちなみに,このようなたくさんの点の運動を観察するだけで,どのような運動か認識できることを心理学ではバイオロジカルモーションと呼んでいる.下記の外部リンク(BioMotionLab)にその例が示されている.

商用の光学式モーションキャプチャーの正確な起源はわからないが,NDI社のOptoTrak(OptiTrackと名前が紛らわしく,古い世代の研究者はこちらを想起する)が40年ほど前から利用されていた.OptoTrakでは反射マーカーではなく,パターン発光する有線のLED(active marker)を使用し,3台のキャリブレーション済みのカメラが一体になったシステムを使用する.その後Vicon Motion Systems社,MAC3D (Motion Analysis社),Qualysis社,OptiTrack(Natural Point社)などが,現在主流の光学式モーションキャプチャーを形作っている.

この他の代表的な運動計測システム

ヒトの運動を計測するセンサや計測システムとして,関節角度を計測するゴニオメータ,加速度を計測する加速度センサ,角速度を計測するジャイロセンサなど多様にあるが,ここではそれらの紹介を行う.

なお,これまでモーションキャプチャーといえば,光学式モーションキャプチャーを指していたが,近年,後述の「慣性式」モーションキャプチャー,「マーカレス」モーションキャプチャーなどの登場によって,それらと区別するために「光学式」モーションキャプチャーと呼ばれようになった.

3次元画像解析:光学式モーションキャプチャーの基礎となる計測系で,使用するカメラは様々で,通常の家庭用ビデオカメラ(通常,30または60 fpsでの撮影.fps:1秒あたりの撮影フレーム数,フレームレート)を運動計測に使用することもできるが,高速度カメラはさらに高速フレームレートでの撮影を可能とする.

また,現在では,スマートホンやデジタルカメラで高速撮影が可能となり,残念ながらビデオカメラで高速フレームレートで撮影できるカメラの選択肢が減った.このような比較的廉価なカメラに対して,以前は,正確にカメラ間(他のシステム)との同期を可能とする同期信号の入出力や,1 kfps以上の高速フレームレートや,グローバルシャッターで撮影できるタイプのカメラを高速度カメラと呼んでいて,このような規格を有するだけで,通常のビデオカメラと比較するとかなり高価なカメラになる.また,この中間的な存在で,産業用カメラ(補足1)という位置づけのカメラの選択肢も増えてきた.

高速度撮影を行う選択肢は増えたが,カメラ自体は2次元の情報しか取得できないので複数のカメラを使用することで,3次元座標を復元する.この3次元座標復元のため,各カメラの位置関係などを得るためのキャリブレーションが必要となる.また,キャリブレーションの古典的な方法としては,前章

で述べたDLT法(文献3)などの方法が使用される.正確なキャリブレーションを行うためには手間もかかるが,OpenCV(補足2)などでも使用されるチェスボードマーカARマーカ(図2)などの利用により,簡便化する方法もある.

これは光学式モーションキャプチャーと計測原理はほぼ同じと考えてよいが,モーションキャプチャーではハードもソフトも3次元位置計測に特化し,使用するカメラの台数を増やすことなどで,計測が飛躍的に簡便化・高精度化しているシステムである.

図2:ARマーカを使用したキャリブレーション(OpenCVのページより)

マーカレスモーションキャプチャー:機械学習や深層学習の技術発展からここ数年で発達した新しい計測技術である.関節などの特徴点にマーカなどを貼付することなく認識し,無拘束の計測を実現する.骨格推定などとも呼ばれる.OpenPose(補足3)に代表され,身体の動きをビデオカメラで撮影し,主要な関節点(手首,肘,股関節等)の位置を,基本的には2次元で出力する.3次元化には一般には複数のカメラによる計測が必要である.機械学習の結果を利用しているので,通常の3次元計測と異なりキャリブレーション等が不要であったり(3次元化では必要),複数人の動きを算出したり,動画に重ね合わせて骨格(スティックピクチャとも呼ばれる,関節を結んだ線画.図3参照)を表示することも可能な便利なシステムである.後述の慣性センサ式モーションキャプチャーも含めて,マーカやスーツの装着などの身体への拘束があるが,それが一切なく,被験者が自由に運動できる意味は大きい.精度は決して高くはないが,静止画も含めてカメラで撮影するだけで手軽に運動を計測できるため利用が広まっている.光学式モーションキャプチャーの精度に追いつくことは恐らくないだろうが,しばらくは精度も含めて技術革新が進む計測方法と思われる.
 3次元計測が可能な商用システムでは,Theia3D(Theia Markerless社)が代表的で,精度がcmオーダなので,光学式モーションキャプチャーと価格帯やシステム構成などにあまり違いがないことを考えると,マーカレスか精度の選択となるだろう.

図3:マーカレスモーションキャプチャー

デプスセンサ(3Dセンサ):いくつかの計測原理のものが存在するが,センサからの点群の深度情報を利用して3次元位置を測定する.身体運動計測では主として前述の骨格推定と併用して利用する.特別なカメラを購入する必要はあるが比較的低価格で入手しやすい.ただし,奥行方向の精度は同様に低くなる.Kinect(マイクロソフト社製)やRealSense(Interl社製)に代表されるが,Kinectはすでに市場から撤退し,RealSenseも生産中止を決めている.

磁気センサ:Polhemus社製の製品に代表される,磁場発生装置によって計測環境に構成される磁界を利用して位置と姿勢角度を計測するシステム.光学系の計測システムと異なりオクルージョン(補足4)が発生しない.また,サンプリングレート(カメラのフレームレートに相当.一般にHzの単位を使用)はモーションキャプチャーと同様に100~1kHz程度まで計測できるが,大雑把にみて光学式モーションキャプチャーと比較して1桁程度精度が低いと考えて良い.また有線の計測システムとなる.

ゴニオメータ:もともとは身体運動に限らず角度を測る計測機器であるが,医療・体育の分野などで昔から身体運動の関節角度を計測する機器として使用され続けている.一般的には身体各部位の長軸方向と一致させた軸間のなす角度や回旋角度を計測することが基本で,典型的なセンサとしてポテンショメータ(軸の回転角度に応じて抵抗値が変化する可変抵抗)を使用したものが多いが,現在では多様に変化し,その発展形として光ファイバを使用したデータグローブなどもある.図4右図のように全身の3次元計測を行うことはあまり現実的ではなく,精度もあまりよくはありません.部分的な関節角度等を気軽に計測するときには適したセンサである.

図4:ゴニオメータ(文献1,2より引用)

非光学式(慣性センサ式)モーションキャプチャー:Xsens MVN(XSENS社製)やShadow(Motion Workshop社製)に代表される,慣性センサ(IMUやAHRS)を用い,特に身体運動に特化した計測システムの技術が発展してきた.光学式モーションキャプチャーやマーカレスモーションキャプチャーと異なり「カメラによる計測位置の拘束がほとんどなく,広い空間での計測に適している」.使用するセンサは,ジャイロセンサ,加速度センサ,システムによっては地磁気センサを使用する.計測の基本がジャイロセンサによって計測される角速度と,加速度センサから計測される加速度を利用した積分演算のため,時間経過にともないドリフトと呼ばれる誤差が蓄積する.姿勢角度に関しては身体の解剖学的な拘束を考慮することによって補正が行われ.計測結果をアニメーションなどで見ると,一見非常に精度よく計測できているように感じるが,実際の関節の姿勢角の精度も光学式モーションキャプチャーと比較するとかなり低い.

骨格推定のように関節位置だけでなく,各部位の3次元の姿勢(たとえば大腿や下腿などの部位の長軸周りの回転も含めた姿勢角度.クォータニオンなどで出力)を出力する.近年,多くの非光学式モーションキャプチャーの製品が増えてきたが,技術的な飽和をむかえ乱立気味ともいえる.

図5:慣性センサ(IMU)式モーションキャプチャー

参考文献

1)宮崎,身体運動の計測ー歩行を中心として:医用電子と生体工学,1986 年 24 巻 4 号 p. 266-271(doi

2)持丸,身体の運動計測技術の動向:計測と制御,1997 年 36 巻 9 号 p. 609-614(doi

3)実践コンピュータビジョン,Jan Erik Solem著,相川訳,オライリー・ジャパン,2013

補足

補足1産業用カメラ:GigEカメラなどに代表される,工場などにおける画像処理等の目的の特化したカメラで,家庭用ビデオカメラと比較すると,録画ボタンやオートフォーカスなどの多くの機能がない.極論すると映像情報を送信するだけのカメラ.

補足2OpenCV:オープンソースのコンピュータビジョン向けライブラリで,画像処理やキャリブレーションツールが含まれ,幅広く使用されている.

補足3OpenPose:ヒトの骨格と呼んでいる18箇所の関節点の2次元座標を,深層学習(ディープラーニング)で推定するシステム.非商用であればオープンライセンスである.専用カメラは必要とせず,スマホで撮影した動画でも分析可能.

補足4オクルージョン(Occlusion):画像計測系では,カメラから遮蔽物などがあり計測したい対象(点等)を撮影できず計測できないことを意味する.


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