見出し画像

Sports Biomechanics Geek #9 〜剛体の力学の代表値 力の作用線〜

前章で述べた剛体の運動における「瞬間回転軸」とは,並進と回転を含む剛体の運動を,一つの回転で運動を置き換えた運動学における代表値である.これに対して静力学で「対」となる概念が,剛体に作用する「力の作用線」である.これは剛体に作用するトルクを,剛体に作用する総和の力で記述する力のモーメントで置き換えた際の,その力の作用線である.例えば野球の投球のボールのリリース直前では,指先に分布した力が作用するが,それを一つの代表点に総和の力が作用ししていると考え,その位置を正確に同定できれば,投球のメカニズムの解明に大いに役立つ.このような力学の代表値を計算する意義をここでは示していく.



はじめに

図1:複数の力が作用している際の代表値

冒頭で述べたように,剛体に力とトルクが作用するとき,剛体に作用するトルクを,等価な一つの「力のモーメントで置き換える」ことは,剛体に作用する総和の力が作用する線を求めることになるが,それを力の作用線(line of action of force)と呼ぶ.そして,その力が剛体に作用する点が力の作用点(point of application of force)となる.一般にこの力の作用点とは,剛体と力の作用線の交点で定まる.

ただし,これはCOPのように力の重心点ではなく,剛体に作用するトルクを,剛体に作用する総和の力によって発生する力のモーメントに置き換えるところに特徴がある(図1).

たとえば投球リリース直前のように,力が指先のまとまったエリアに分布する場合に,力が一箇所に作用すると考えよう.そのとき,指先のどの位置に,またどの方向に力が作用するかがわかれば,投球におけるボールの回転や制御のメカニズムを理解するうえで有益な情報となる.これはボールに作用するトルクだけでは理解できない情報であり,ボールの制御にとどまらず,全身の身体運動の制御目標とも大きく関係する.

この物理的意味を理解するために,普通であるならば,瞬間回転軸の導出と同じ方法をたどることで力の作用線の意味を理解するところであるが,少し遠回りをして話を進めることとする.ここでは,剛体に作用するトルクを力のモーメントで置き換えるという意味で,少し似た概念としてCOP(床反力の圧力中心,center of pressure)との対比を考える.

COPについてはこれまでも何度か説明をしてきているが,ここで再登場させて,本章では,COPとの比較で力の作用線を理解することを試みたい.COPと力の作用点はトルクを力のモーメントで置換する点では似ているが,その違いを意識することで,正確に両者についてより正確な理解ができるだろう.

COP,瞬間回転軸,力の作用線などの代表値は身体運動を理解するうえで重要な役割を果たすが,本章ではそれらの違いを意識することで,これらを総合的に理解することを目指す.

COP再考

COPの物理的意味

剛体の表面に力が分布して作用している状態を考える.ただし,話を簡単にするため,剛体の表面には平面が存在し,そのひとつの平面だけに力が作用するとする(フォースプレートを考えればその側面に力を作用させない).また,平面には圧力(平面に対して直交し,平面を押す方向の力)と摩擦力(平面に沿った方向の力)だけが分布することを想定する.

図2:重心とは剛体の回転に影響を与えない点

このとき,見かけ上,剛体には分布した力によって発生するトルクと,総和の力が剛体の重心(center of gravity)に作用することになる.読者の多くはあまり重心の定義を意識しないだろうが,剛体の重心とは,そこに作用すれば,「剛体の回転に影響を及ぼさない」という意味で,総和の力がそこにまとまって作用していると考えて良い代表点である.

重心と質量中心(center of mass)は等価であるが,合成重心の詳細については

を参照されたい.

図3:法線方向の力分布の塊の重心点

ここで,剛体の平面に作用する「圧力分布(だけ)の重心」を考える.すなわち平面に直交する方向(法線方向)だけの力分布の塊を考え,その力分布がバランスする点を考える.これが,剛体に作用るする力のCOP(圧力中心,center of pressure)である(図3).

図4:平面に沿った方向の力分布が作る摩擦のモーメント

ただし,COPまわりでは,圧力がつくる平面に沿った方向の力のモーメントをバランスさせる点なので,平面に沿った方向(法線に垂直な方向)を軸とする力のモーメントは0となる.すると,COPまわりでは,残りの平面に沿った方向の力成分,すなわち摩擦力が作る,法線方向まわりのモーメントが残ることになる.つまり,剛体に作用するトルクは,COPまわりでは法線方向まわりのモーメントだけが作用することになる(図4).

このように,剛体に作用するトルクは,圧力中心まわりでは法線方向のトルクだけに置き換えることができ,以下の2つの重要な意味を持つ.

COPとは「剛体の平面方向のモーメントを0とする(バランスする)」法線方向に作用する力の重心点である.

そして,

「剛体に作用するトルク」 = 「COPに作用する総和の力による力のモーメント(図2左)」 + 「摩擦によるモーメント(図3)」

と等価となる(=に分解できる).

フォースプレートのCOP

フォースプレートの話に限定するなら,フォースプレートに作用するトルクも,力のモーメントと鉛直軸まわりのトルクとの和に置き換えることもでき,この場合のCOPは「水平方向のモーメントを0とする(バランスする)」鉛直方向に作用する力の重心点となる.

COPは二次的に計算される情報であるが,身体の運動制御の仕組みを理解する上で有用な情報である.

なお,フォースプレートでCOPをどのように計算するかについては

で述べたので,そちらも参照していただきたい.また身体運動におけるCOPの物理的意味については

を参照されたい.

力の作用線

COPとの対比から

COPの物理的意味を意識しながら,力の作用線の意味を考えよう.

フォースプレートで計測するCOPは「力のモーメントの水平成分を0とする=鉛直方向の力分布の重心」点である.これに対して,剛体の力の作用線(line of action of force)は,COPとは異なり,また運動学における瞬間回転軸のように,力学で「一つの力のモーメントで剛体に作用するトルクを置き換えること」を目的としている.そして,その置き換えたモーメントの力が作用する線を力の作用線と呼び,その力が剛体に作用する点(交点)を力の作用点(point of application of force)と呼ぶ.ここでの置き換えは,本来ボールに作用する総和の力は重心に作用する力であるが,その力が作用する位置を置き換えるという意味である(図1参照).

すなわち,COPを導出する場合,力のモーメントの水平成分を0とする点として方程式を解けばよい.それは力の重心点なので力が作用するエリア(図1の点線のエリア)内の何処かに存在する.一方,力の作用点はできるだけ一つの力のモーメントでトルクを置換することを目的とした代表点である.

ここで,力の作用点を$${\bm{r}}$$とすると,剛体に作用する力$${\bm{f}}$$によってつくる力のモーメント$${\bm{r} \times \bm{f}}$$だけで,剛体に作用するトルク$${\bm{n}}$$を置き換えることはできず,同時に

$$
\bm{n} = \bm{r} \times \bm{f} + \bm{m}
$$

のように,残りのトルク$${\bm{m}}$$も作用することになる.したがって,「できるだけ一つのモーメントで記述したい=モーメントを最大化したい」ので,力の作用点を$${\bm{r}}$$を求める問題は,トルク$${\bm{m}}$$を最小化する問題として解くことができる.詳しい導出は,文献1,2,3などを参照していただきたい.

COPも力の作用線も,剛体に作用するトルク$${\bm{n}}$$を,力のモーメント$${\bm{r} \times \bm{f}}$$とトルク$${\bm{n}}$$に置き換えることには違いはないが,置き換えた位置と物理的意味が異なっている.

瞬間回転軸との対比から

前章

で取り上げた,瞬間回転軸は剛体の運動を,一つの回転運動で記述しようとする際の回転軸である.しかし,できるだけ一つの回転運動で記述しようとしても,その回転軸の方向の並進運動成分を記述することはできず,残差として残ってしまうことに留意されたい.つまり剛体の運動は,「瞬間回転軸まわりの回転」+「軸方向の運動」と等価になる.

一方,力の作用線は剛体に作用するトルクを,できるだけ一つの力のモーメントで記述することを目的としている.

剛体の瞬間回転軸と力の作用線は「対」となる概念である.

力の作用線は運動学と力学の双対性(duality)から,瞬間回転軸(ISA, instantaneous screw axis)の式の速度をトルクに,角速度を並進の力に置き換えることで算出できる.

ここで双対性とは,速度・角速度との運動学関係に対して,力・モーメントにおける静力学関係が「対」となる性質で,速度とトルク,そして角速度と力を,入れ替えても様々な式が「直交」して成り立つ性質を意味する.なお,ロボティクスでもヤコビ行列と関連し双対性について述べられることがあるが,なかなか適切に解説している教科書などがないため(筆者の双対に対する数学的理解も浅い),これ以上詳しい説明を本章で行わないことをお許しいただきたい.また,別の機会に述べることととする.

力の作用線の詳しい導出は,文献1,2,3などを参照していただきたいが,ここでは天下り的に双対性の性質を利用し,瞬間回転軸の式を書き換えるだけで,力の作用線に関する式を簡単に導びくこととする.別の機会に,導出を含め力の作用線の物理的意味については述べるつもりである.

図5:瞬間回転軸(ISA)

前章で,瞬間回転軸は$${\bm{x}_M}$$を通り,角速度ベクトルの軸方向(赤線)を向き(図5),

この$${\bm{x}_M}$$は

$$
\bm{x}_M = \frac{\bm{\omega} \times \dot{\bm{x}}_0}{|\bm{\omega}|^2} + \bm{x}_0
$$

と計算されることを示した..

図6:力の作用線

一方,剛体にはトルク$${\bm{n}}$$と,剛体の重心$${\bm{x}_G}$$に力$${\bm{f}}$$が作用するので,力の作用線が通る点$${\bm{x}_L}$$は,瞬間回転軸を通る点$${\bm{x}_M}$$の式の角速度$${\bm{\omega}}$$を力$${\bm{f}}$$に,速度$${ \dot{\bm{x}}_0}$$をトルク$${\bm{n}}$$に置き換え,

$$
\bm{x}_L = \frac{\bm{f} \times \bm{n}}{|\bm{f}|^2} + \bm{x}_G
$$

より計算することができる.力の作用線はこの点$${\bm{x}_L}$$を通り,力ベクトル$${\bm{f}}$$の方向を向いた線となる.

このときトルク$${\bm{n}}$$は,点$${\bm{x}_L}$$を通る力ベクトル$${\bm{f}}$$が作る力のモーメントだけでは記述することができず,$${\bm{f}}$$と同じ方向を軸とする,すなわち作用線まわりのモーメント$${\bm{m}}$$も作用する.

この式からも,力の作用線と力の作用点は,剛体に作用する力$${\bm{f}}$$とトルク$${\bm{n}}$$が既知であれば算出することが可能である.

ここで留意していただきたいことは,剛体に作用するトルク$${\bm{n}}$$を,等価な$${\bm{r} \times \bm{f} + \bm{m}}$$に置き換えたと述べたが,この組み合わせは無数にあるので,

実際には

$$
\begin{aligned}
\min_{\bm{r}}
\left\{
\frac{1}{2} \bm{m}(\bm{r})^T  \bm{m}(\bm{r})
\right\}
&=
\min_{\bm{r}}
\left\{
\frac{1}{2} (\bm{n} - \bm{r} \times \bm{f})^T (\bm{n} - \bm{r} \times \bm{f})
\right\}
\\&=
\min_{\bm{r}}
\left\{
\frac{1}{2} (\bm{n} + \bm{f} \times \bm{r})^T (\bm{n} + \bm{f} \times \bm{r})
\right\}
\end{aligned}
$$

を$${\bm{r}}$$について解くことで,力の作用線が通る点$${\bm{x}_L}$$が得られ,

最小化した結果,

$$
\begin{aligned}
\bm{r} \times \bm{f} &\perp \bm{m}
\\
\bm{f} &\parallel \bm{m}
\end{aligned}
$$

(力のモーメント$${\bm{r} \times \bm{f}}$$と,$${\bm{m}}$$は直交し,$${\bm{f}}$$と$${\bm{m}}$$は並行)となることにも注意されたい.

また,「力$${\bm{f}}$$は力の作用線上のどこに作用してもよい(同じ結果となる)」が,実際には剛体の表面と作用線の交点に力が作用することになり,交点が二つであれば,力の方向から一つ選択できる.

野球のボールに作用する力の作用点

野球の投球時のボールの回転は,指先でスピンを掛けて操作することでボールが回転し始めると考えている方も多いかもしれない.しかし,これは誤りである.ある意味,自然にボールの回転が発生する.たしかにより多くのスピンをかける操作は指先の運動の貢献はあるが,「回転の開始」は指先の走では定まらない.ボールの回転は,まずボールに作用する力の方向が下向きに変化することによって発生するが,その向きを変える操作は指先だけではできない.特に野球の場合,これは全身で制御した結果,ボールの回転が始まるといえる.指先の問題ではなく,全身の制御の結果であることだけ強調しておこう.このことについては,またどこかで述べることとする(詳細は文献3参照).

これは野球に限ったことではなく,バスケットボールや多くの球技で,ボールの回転の共通のメカニズムが介在する.

このことを理解するためには,つまり野球の投球時のボールの回転のメカニズムを明らかにするためには,力の作用線や作用点を求めることは必須で,かつ全身の力学を理解する以外にない.これはよくあるバイオメカニクスの統計的な研究や,貢献度やシナジーやエネルギーフローなどの分析のように大小だけで議論し,分析しか行ない研究では,導くことはできない結論である.力学的なロジックから導くことを可能とする結論であることも強調しておこう.恐らくAIでも当分の間は明らかにすることはできないだろう.

ファストボールのリリース前のボールに作用する力と作用点の変化

上の動画は,約120km/hでの右投げのファストボールの投球時のリリース前のボールに作用する力(黒)とその力の作用線を,右側方から眺めた様子である.右側が投球方向になる.

サンプリングレートは360Hzである.ピンクの破線はボールの回転軸(角速度ベクトの軸方向)で,動力学的な回転開始(ボールに作用するトルクが反転し0より大きくなる時間)からリリースまでの約20msぐらいの時間の変化を示している.これは一瞬のできことである.

この時間内にボールの回転の制御が行われている.最初,ボールに対しておおよそ下向きの向心力と,投球方向への力が作用するため,斜め下方向の力が作用する.しかし,ボールへの加速が緩むことで投球方向への水平方向の力が小さくなるものの,向心力は維持されるので,力の向きが下向きに変化する.これがボールの回転開始のメカニズムである.つまり,水平方向への力がピークをむかえ,次第に小さく変化していくことで回転開始のタイミングが定まる.あとは20msのできごとなので,ボールのスピンが自然と始まり,接線方向の力が優位となってボールの回転が起こる.

これらの事実や,ボールに作用する力と作用点の推移を観察すれば,様々球種の回転のメカニズムや,制御の仕方を明らかにできるだけでなく,投げ方の良し悪しなどを判定できるなど,様々な恩恵があることが恐らく想像できるだろう.DrivelineのいうPitch designはこのような情報とメカニズムの理解なしに,データエビデンスドベースだけで可能だろうか?

なお,この計測はIMU(モーションセンサ)との相性もよく,ボールにセンサに埋め込んだボールでこれらを算出することも可能だ(文献4).

補足

補足1:力のモーメント

物体に作用する力を$${\bm{f}}$$とし,それが作用する位置ベクトルを$${\bm{r}}$$とすると,力のモーメントは

$$
\bm{r} \times \bm{f}
$$

と記述される.

もし,座標系の原点をフォースプレートの表面におけば,力もフォースプレート表面上に作用するので,位置ベクトル$${\bm{r}}$$は水平となる.

力のモーメントは$${\bm{r}}$$と$${\bm{f}}$$に垂直な方向を向くが,水平のモーメントを計算するためには,この式のように外積を利用するが,外積の性質(2つのベクトルに直交な方向を向く)から,床反力の鉛直成分だけが寄与することがわかる.

外積については

も参照されたい.

参考文献

1)M. Geradin and A. Cardona, Flexible Multibody Dynamics: A Finite Element Approach, John Wiley & Sons, 2001, pp.58-60.

2)羽田ら,瞬間回転軸と作用線を用いたドライバ人体挙動の可視化,自動車技術会論文集,Vol.46, No.1, pp 161-166, 2015.

3)太田, 福田, 木村, 投球における肩関節によるボールリリースと制球の制御. 日本機械学会 シンポジウム: スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2023(SHD2023),2023.

4)柴田, 太田, 金子, センサ内蔵野球ボールによる⼒の作⽤点推定 . 日本機械学会 シンポジウム: スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2023(SHD2023),2023.




スポーツセンシング 公式note
スポーツセンシング 運動習慣獲得支援サービス「FitClip」
スポーツセンシング アスリートサポート事業



【著作権・転載・免責について】

権利の帰属
本ページに掲載されている記事,ソフトウェア,プログラムなどに関する著作権および工業所有権については,株式会社スポーツセンシングに帰属するものです.非営利目的で行う研究用途に限り,無償での使用を許可します.

転載
本ページの内容の転載については非営利目的に限り,本ページの引用であることを明記したうえで,自由に行えるものとします.

免責
本ページで掲載されている内容は,特定の条件下についての内容である場合があります. ソフトウェアやプログラム等,本ページの内容を参照して研究などを行う場合には,その点を十分に踏まえた上で,自己責任でご利用ください.また,本ページの掲載内容によって生じた一切の損害については,株式会社スポーツセンシングおよび著者はその責を負わないものとします.


【解析・受託開発について】

スポーツセンシングでは,豊富な知見を持つ,研究者や各種エンジニアが研究・開発のお手伝いをしております.研究・開発でお困りの方は,ぜひスポーツセンシングにご相談ください.
【例】
 ・データ解析の代行
 ・受託開発
  (ハードウェア、組込みソフトウェア、PC/モバイルアプリ)
 ・測定システム構築に関するコンサルティング など
その他,幅広い分野をカバーしておりますので,まずはお気軽にお問い合わせください.

【データの計測について】

スポーツセンシング社のスタジオで,フォースプレートやモーションキャプチャを利用した計測も行えます.出力されるデータと,ここで示したプログラム(入力データの取り込み関数を少々改変する必要があるが)で,同様な解析を行えますので,まずはお気軽にお問い合わせください.