小匙の書室181 ─グリフィスの傷─
傷とは、無縁ではいられないから。
直木賞作家が紡ぐ、『傷』をめぐる十の物語──。
〜はじまりに〜
千早茜 著
グリフィスの傷
書店で本作を見かけ、「いつか千早先生の作品を読んでみたかったんだよなあ」と思っていた私は早速購入。『傷』を扱った物語であるというのも、惹かれた点でした。
私は小説をエンターテイメントとして楽しむ他、「私の内側にある無数の傷や痛みや苦しさを癒してほしい」という思いから、読むことがあります。
本作はまさに後者の目的が強かったです。
まあそれを抜きにしても、生きていたら『傷』と無縁ではいられないわけで。
本作を通して新たな気付きや、それまで言葉にできていなかった事柄を正しく表現できるようになったらいいなぁと期待しながらページを捲っていきました。
〜感想のまとめ〜
◯傷にも、いろんな意味がある。痛みがあることを前提として、それが苦しさを伴ったり逆に名誉となったり。傷を受けた当時を振り返って悲しくなったり、微笑ましくなったり。
多分、傷っていうのは私が生きていたことを如実に物語ってくれる証なのだ。
特に、辛いことを前にして負った傷とその後になって治癒した皮膚を撫でて、私は強くそう思う。
◯一篇一篇の物語を吸収するたびに、傷や傷痕に立脚した人間の機微が心に浸透していった。
自分の体に血が流れていることを忘れさせない『竜舌蘭』にはじまり、傷を負った者の叫びが昏くこだまする『この世のすべての』や『からたちの』があり、家族の形を思いもかけない事柄で見つめ直す『慈雨』が良くて、書き下ろしの『まぶたの光』は些細なことでも捉え方でがらりと印象が変わるのだと教わりました。
読者によって各篇から受ける印象は異なるだろうから、あなたの傷痕に沿うものがあることを、私は祈りたいです。
◯とりわけ表題作『グリフィスの傷』は「この一篇のためだけに買ってほしい!」と思うほど、強く私の心を揺さぶる内容でした。
公園のベンチに腰掛けた、わたしとあなた。あなたの身体に刻み付けられている傷。
あえて詳細な名前を登場人物に冠しないからこそ、誰かに当てはめて考えることができる。もちろん実際にそんな目に遭っていなくても、メタファーとして捉えることにも意義は芽生えるはず。
短編のドラマなんかも作ってほしいなと思ったり。
◯一篇はおよそ20ページ程度。そして総ページは200未満。それは(あくまでも私にとって)手に取りやすい厚みでした。
だけど紡がれている人間の機微が丁寧で厚くて、ひとつひとつ読み終えるたびに吐息をこぼして余韻に浸りたくなった。いや、実際に余韻に浸った。
この物語は、さらりと読んでしまってはいけないと思ったのです。
私は私の傷と向き合いながらページを捲り、時に癒されるのを自覚していました。
◯是非とも紙の書籍で購入してほしい。なぜか? 紙の質感が、“傷の治癒後の皮膚”のようにしっとり滑らかであったからです。
だから、そう。書籍を読む手付きがいつも以上に優しくなった。
とあるように、私は私の手を通して物語を進めることで烏滸がましくも彼らの傷を癒してあげたいと思えた。それを現実世界にも活かせたらどれだけ素晴らしいだろうか、とすら考えることができました。
〜おわりに〜
私はこれから、傷を負う場面がくるならば誰かのために負いたい。
それでいてなんてことない顔をしていたい。
そんな強い人間になれるかはわからないけれど、「そうありたい」と祈ることだけは忘れていたくない。
読後、痛みを感じながらも心が穏やかになりました。たくさんの人に、この傷の物語が広がってくれますように。
ここまでお読みくださりありがとうございました📚
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