小匙の書室184 ─鼓動─
児童公園で見つかった高齢女性の焼死体。
私も、彼女のように死んでしまうのかもしれない。
容疑者はすぐに逮捕されるも、綾乃の心には未来への漠然とした不安が訪れて──。
〜はじまりに〜
葉真中顕 著
鼓動
葉真中先生の新作にして、第37回山本周五郎賞候補作。
氏の作品を単著で読むのはこれが初となります(『絶叫』や『ロングアフタヌーン』は積読状態)。
ときわ書房さんの方でサイン本を見つけ、賞のノミネートになったことを抜きにしても『8050問題』の題材は決して他人事ではなく、いつか自分の身に降りかかることとして知見を持っておきたいと思い、購入。
社会派ミステリの寵児として名高い葉真中先生なだけに、読後にどんな想いを抱くのだろうかと半ば覚悟を決めた状態でページを捲っていきました。
〜感想のまとめ〜
◯『8050問題』を扱うよりも前に、男の半生の所々で共鳴する部分があって辛くなる。“男/女らしく生きる”こと、それが無理ならと用意された“自分らしく生きる”こと。
だけど、そのどちらからも外れてしまったらどうしたらいいのだらう?
時代は変われど左右されない価値観が私の胸を詰まらせた。ページを捲る手が止まるのも無理からぬことだった。
「私もいつか、自分事になるんだ」と思わずにはいられない。いや、一部では男と一緒の道を歩んでいるのだ。
◯焼けた老女の正体を追う奥貫刑事が直面する、親と子の問題。奥貫自身が「愛すべき者を愛せなかった」人間であり、老女の死に際して感じ入る憂い。本作が扱っているのは、8050問題だけではないのです。
誰もが想像すると普通の親子像は今や理想となり、概して理想とは現実からの逃避として存在し、だから普通とはそれだけで特別なのだと知る。
老女はなぜ殺され、燃やされなければならなかったのか。老女の過去に何があったのか?
ただただ遣る瀬無かった。
作中で綴られる事実が現実にも存在していたからこそ、読む人の世代によってはいっそう刺さるものがあるはずです。
◯次第に厚みを増していく絶望の層。男はなぜ引きこもりになり、父親を殺めなければならなかったのか。克明に描かれる追い詰められる様が、飽和したときの心の叫びは耳を塞ぎたくなる。
それでも読み進めたのは、私はこの物語に一抹の救いを求めたからだ。
そこで考えていたのが『性生説』。造語だけど、私はこの言葉にしがみついていました。
人は、死ぬことよりも生きることに重きを置ける存在なんだと信じたかった。
この作品と出逢えたのは奇跡としかいいようがない。
◯男が犯した罪、老女が巻き込まれてしまった罪、奥貫が追いかけていた罪、そして真実がもたらす罰。
徹底的に、心の扉をこじ開けんとするかのような、言葉と言葉の応酬。奥貫の口をついて出た叫びが、私にも伝わった。だから込み上げるものがあった。
絶望に塗れた人間を、正しく導くことはできるのか?
その瞬間、私は私を客観的に見つめ直すことができました。そして私は自分が小説を読み漁り続けている理由の一つを、全てでないにせよ限りなく消化されていくのを感じていました。
◯とまあこんな風に極力ネタバレを避けつつ感想をまとめているけれど、率直に言いたいのは「この作品はこの先、もっともっともっと評価されていくべきだ!」ということでした。正直、「賞の候補作になったから読んでみよ」って軽い気持ちで手に取った自分を恥じたい。
それほどまでに、傑作だった。
社会派ミステリの面白さを十分に味わっていたつもりだったけど甘かった。この畑にはまだこんなにも素晴らしい収穫が残されていたのだ。
直木賞もいけるんじゃないか……? なんて思ったり。
〜おわりに〜
いや〜〜〜よかったっっっ!!!
まさかこんなにも面白く、自分に突き刺さるミステリだったなんて。
そんでもって、「候補作になったことで手に取る機会ができる」と考えれば、やはり各文芸賞というのは素晴らしい舞台です。
残念ながら山本周五郎賞受賞には至らなかったものの、私的に上半期のベストに間違いなく入る一冊でした。
ここまでお読みくださりありがとうございました📚
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