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シャーリイ・ジャクスンのユーモア

私は、シャーリイ・ジャクスンの小説の中では、「日時計」(文遊社)がいちばん、好きだ。なぜならこの作品の中には、彼女らしいユーモアがたくさん詰まっているからである。

もちろん、その「ユーモア」というのは、「心あたたまる」ようなものとは種類がちょっと違う。意地悪で、皮肉っぽくて、そして、すべてを突き放した視点で見ているような、そういった、ユーモアである。

「日時計」は、大きな屋敷に住む、ハロラン一族の話。
あるとき、屋敷の当主、リチャードの妹であるファニーおばさまが、死んだ父親から「お告げ」を聞く。
そしてそれを同居している親族に伝えるのだが、その「お告げ」の内容は、受け入れがたいものであった。

ある日、ファニーおばさまと家庭教師のミス・オグルビーは、買い物のために村へ出る。しかし、おばさまが途中で蠟燭を買い忘れたことに気づき、ミス・オグルビーが、ドラッグストアで買ってくることを申し出て、いったん別れる。
その際、おばさまはこの家庭教師に、例の「お告げ」の内容を誰にも話さないように、と釘を刺す。これに対してミス・オグルビーは、「もちろんです」と、答える。

さて、ここからが私の好きなところなのだが、ファニーおばさまと別れたミス・オグルビーはドラッグストアに入り、その隅にある「スナックコーナー」で、店員に食べ物を注文する。

そして彼女は、チョコレートアイスがのせられたピーチパイを食べながら、話してはいけない、と言われていたことを、べらべらとしゃべってしまうのである。

「近いうちに起きるんですって。大きな炎と洪水が襲ってきて、歩道が融け去って、大地は煮えたぎる溶岩とともに崩れ、あわれな人々はみんな逃げまどい・・・・・・」

ドラッグストアの店員は、ミス・オグルビーにたずねる。

「あんたが言ってるのは、ハルマゲドンの日が来るってこと?そういう話?」
「そうだと思うけれど」ミス・オグルビーは、自信なく答えた。

ファニーおばさまに言われて一族の者たちは、地球滅亡の日に備えて必要なものをを買い込んだりさまざまな準備をしたりするのだが、みんな、世界の終わりがやってくることなど信じておらず、だらだらと遊んでいるように見えるのがおかしい。登場人物全員、どこか狂っており、そして、ふざけているようにしか見えないのだ。

しかし、小説の結末近くになって、地球が滅亡する前に、あることが起きる。
そこで読者は、登場人物の一人が口にしていた台詞を思い出すことに。読んでいるうちに忘れていたけど、そういえば・・・と、笑ってしまう。
地球が滅びるかどうか、の前に、そっちのほうが先に起きてしまうのか、と。

ずっと以前に、シャーリイ・ジャクスンが家族や子育てについて書いたエッセイ、「野蛮人との生活」を読んだことがある。図書館で借りたのでうろ覚えなのだが、彼女が出産のため病院に行った際、名前と職業をたずねられ、「小説家」と答えると、「ああ、はいはい、じゃ、主婦って書いとくわ」といったような感じの対応をされたことを、これまた突き放したように書いていたのが印象的だった。

この「野蛮人との生活」は、早川書房から復刊される予定があるようだが、まだ出る様子がない。シルヴィア・プラスの「ベル・ジャー」とともに(こちらは河出書房)、楽しみに、待っているのだけど。

シャーリイ・ジャクスンの小説は近年、日本で多数読めるようになったが、彼女の伝記も翻訳されればいい。「天才たちの日課 女性編」(フィルムアート社)によると、ジャクスンの夫は、「20世紀半ばの典型的なアメリカ人男性で、子育ては妻に任せきりだった」そうだけど、家事育児の合間に時間を捻出し、多くの、怖くておもしろい小説を書いた彼女のことを、もっと知りたい、と思う。


















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