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アンネ・フランクが見た、映画スターの夢。 

わたしは十七、浮気っぽい瞳と黒い豊かな巻き毛の人目をひく娘ー理想と幻想と空想にふけるティーンエイジャーでした。なんとかして有名になって、わたしの写真が、スターにうっとり憧れる女の子たちの思い出帖に貼られる光栄に浴したいと思っていました。

「アンネの童話」アンネ・フランク 文芸春秋

これは、1943年、アンネ・フランクが14歳のときに書いた小説、「映画スターの夢」の冒頭部分である。
アンネが、隠れ家で生活を共にしていたファン・ダーン夫人に、「どうして映画スターになりたくないのか」としつこく聞かれ、その「答え」として書いたものだという。
文藝春秋より刊行されている「アンネの童話」(原題は、「アンネ・フランクの隠れ家からの物語集」。こっちのタイトルのほうがいい)に収録されているが、その中でもいちばんおもしろいのが、この小説である。

映画スターになることを夢見ている「わたし」はしょっちゅう、新聞や雑誌から切りぬいたスターの写真を見つめて、うっとりしている。
なかでも、そろって活躍している映画スターの3人姉妹に夢中で、あるとき「わたし」は、姉妹の末っ子のプリシラ・レインに手紙を書く。
すると返事が来て、そのときから、ハリウッドスターとアンネ・フランクリン(これが、「わたし」の名前!)の文通がはじまるのだ。
そのうち「わたし」はプリシラから、アメリカに来て、2か月間レイン家の客として過ごさないか、と誘われる。
反対する両親をプリシラやレイン夫人が説得してくれたおかげで、「わたし」アムステルダムからハリウッドまでの旅に出かけることになる。

ハリウッドについた「わたし」はレイン家の人々にあたたかく迎えられ、あちこち出かけて美しい風景を見たり、海へ行ったり、「それまでに読んだり聞いたりしていた人たちとも知り合い」になる、という、まさに夢のような日々を送るのだが、あることがきっかけで、事態は、「わたし」が夢見ていたのとは、違う方向へ・・・。

とにかく、ご都合主義的、大昔の少女漫画的なおめでたい展開のお話なのだけれど、その非現実的で薄っぺらなところが、逆に、ハリウッドの「現実」を描き出しているようで、ちょっと強引だが、まるで、アンネ・フランク版「マルホランド・ドライブ」のようだ、なんて思ってしまう。
また、同時に、「わたしだけじゃなくて、誰だって一度くらい、『映画スターになってみたい』って思ったことがあるんじゃない?誰でも、こういう『非現実的な夢』を見たことがあるでしょう?これを読んでいる、あなただって・・・」と、アンネにたずねられているような、そんな気分になってしまう作品である。

アンネはこの小説を書いた翌年、1944年の1月、日記に、自分が大切にしている映画スターの写真のコレクションについて書いている。

 このコレクションは、いまではすくなからぬ量にたっしていますけれど、これについてわたしがとくに楽しみにしてるのは、クーフレルさんが毎週日曜日に、雑誌《映画と演劇》を買ってきてくれることです。このささやかな贈り物は、うちの家族のあいだでは、ミーハー的だし、お金の無駄づかいだって評判が悪いんですけど、それでいてみんな、わたしが一年も前のなんという映画に、どういうスターが出ていたか、ずばっとあててみせると、そのたびにびっくりします。

「アンネの日記」文藝春秋

もし、アンネが生き延びていたら、きっと、ジャーナリストか作家になっていただろう。
そして、文章を書くという仕事をしながらもときどき、ふっと、「もし自分が映画スターになっていたら?」、と夢見る一瞬があったかもしれない。

「映画スターの夢」はおもしろいのだが、短い作品であっというまに終わってしまうので、私はそれがちょっと不満で、勝手に、脳内で続きを書いている。
そのなかでアンネ・フランクリンは、広告の仕事を獲得したのをきっかけに映画の主演に大抜擢される。しかし、その前に彼女は、ハリウッドの一流スタッフによって、スタートして売り出すために磨きをかけられる。髪を染める、髪型を変える、ダイエット、歯並びの矯正、訛りも矯正、そして、誕生日も経歴も変えられて、「スター」としてつくられて、彼女の写真は、映画ファンの女の子たちの思い出帖に貼られることになるのである・・・。


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